『クロケット&ジョーンズ』 ノーザンプトン、更新を続ける英国靴の伝統。

ノーザンプトンの『クロケット&ジョーンズ』のファクトリーの様子。20世紀初頭より増築された空間は張り巡らされた梁が印象的だ。

日本では各ショップごとに多彩な別注モデルを手がけ、時代に応じた英国靴を提示し続けるシューズメーカー『クロケット&ジョーンズ』。質量ともにノーザンプトン随一を誇るそのファクトリーで、継承され、進化する靴づくりの現状を探った。

[『LAST』issue.15(2018年10月)初出]


パターン、プレスナイフ、「自製」という品質管理。

 英国、ノーザンプトン。高級紳士靴の産地として世界的にその名が轟く同地域に拠点を持つシューズメーカーは、いずれも19世紀後半を起源とする老舗ばかり。その中でも、創業以来同族経営を維持し続けているのが『クロケット&ジョーンズ(C&J)』である。同社はまた、現代の英国既製靴の代表格として、広く認知されている。日本でもC&Jの靴を扱っていないショップを探すほうがむしろ難しいほどだ。そのことは同社の靴の品質と「今日性」を反映している。

 長い歴史を保持しながら、常に時代にとって有効な靴を生み出し続けること。それはまさに「現在進行形のヘリテージ」といえる。ではそのために生産現場ではどのような靴づくりが行われ、どうヘリテージが継承されているのか。それを垣間見るべく、ファクトリーを訪ねた。

「現在このファクトリーには300名ほどのワーカーが働いています。生産現場をこれ以上大規模にしたいわけではないのですが、ファクトリーにおける靴づくりのスキルが断絶してしまうことは避けたいと思っています。そこで、リタイアしたワーカーに残ってもらって、若いワーカーたちに技術を伝え、トレーニングするようにしています」

 このように語るのは、C&J社のマーケティング&アドバタイジングマネージャーのジェームズ・フォックス氏。現社長であるジョナサン・ジョーンズ氏の義理の息子にあたる。現職に就く前にファクトリーの中で過ごし靴づくりの工程を深く理解したというフォックス氏の案内で、早速ファクトリーツアーを開始した。

「いま私たちがいるのは19世紀末に建てられた建物で、現存する中でも最古の社屋になります。ここから40年かけて拡大して、現在の規模になりました」

 取材班を案内しながら、フォックス氏は建物の説明をする。迷路のようにやや入り組んだ導線は、そうした拡大・増築の積み重ねによる結果だろう。やがてフォックス氏はどこかキッチンを思わせるような部屋にたどり着いた。

「ここでラストからパターンを起こす作業を行います。そのやり方は昔ながらのものです」

 フォックス氏の言葉を受け、パタンナーがマスキングテープを全面に貼った木型を示した。その上には靴のデザインが描かれていて、この後テープをはがして開き、アッパーをつくるためのパターンを起こすのだという。

「これが私たちのスタンダードなやり方です、まず、オン・ザ・ラストのドローイングから靴づくりを始めるのです」

 C&Jのような、多種多様な靴を、しかもかなりの数量で展開するシューズメーカーとしては意外なクラフト感。もっとも、その後のプロセスは、ドローイングから導かれたベースのパターンをスキャンしてデータ化し、コンピュータでグレーディングなどを行なって、実際に革のクリッキングに使う透明プラスティックのパターンがレーザーカッターで切り出される。それはつまり、職人の手によって生まれたデザインや線を、最新のテクノロジーでプロダクション用のツールへとトランスレートしているのだ。しかもそのプロセスをファクトリー内で行なっていることに驚かされた。

ハンドクリッキングの様子。透明なパターンなので、革の状態を確認しながら切り出しできる。
ソックシートを切り出すためのプレスナイフ。プレスナイフによっては複雑な形状もあり、製作するには高い技術が必要とされるという。現在は製作機械や職人をクロケット&ジョーンズが傘下に収めた。
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