NICHOLAS TEMPLEMAN ビスポークの本拠で模索する、等身大の靴づくり。

いまなお老舗ビスポークハウスが存在感を発揮するロンドンで、自身の靴づくりを始めた英国人。
そのあり方は、連綿と続く靴づくりの歴史の、最新頁なのか。


伝統の技術を使いつつ、
ちょっと違ったものをつくる。

 ビスポーク・シューメイキングの起源のひとつであるロンドンには、現在も長い歴史を誇る靴店がいくつか健在なことは周知の通りだ。しかしそれら老舗の力強さゆえに、新しくビスポークの靴づくりを始める者は多くなかったというか、ほんの数例を除いてあまり目立つ存在となっていなかった気がする。ただ、ここ数年は、ロンドンでもインディペンデントで活動するシューメイカーの名前をいくつか耳にするようになってきた。そのひとりが、今回訪問したニコラス・テンプルマン氏である。

 待ち合わせに指定されたのは、地下鉄ゾーン3のハイゲイト駅。ロンドン北部の住宅地に位置している。現れたのは30代ぐらいのスマートな英国青年だった。駅からクルマで10分程度、シューメイカー「ニコラス・テンプルマン」のワークショップは彼の自宅の3階部分に設えられていた。開放感ある窓からは青い芝生の庭が見下ろせ、周囲には木々も多くのどかな印象だ。

窓の向こうにはバックヤードや周囲の木々が見える。猛暑の今年は庭で日光浴を楽しみました、とテンプルマン氏。
テンプルマン氏のワークショップの様子。ロンドンのジョン・ロブで習得した技術や感覚をもとに、新たな、自身の靴づくりを目指している。

 テンプルマン氏が自身の靴づくりをスタートしたのは2014年。この11月で丸4年になるという。その前は、セントジェームズのジョン・ロブで、ラストメイカーとして働いていた。

 大学ではファインアートを学んだというテンプルマン氏。専攻はプリントメイキングやスクリーンプリントだった。

「実は大学に行く前は、テーラーになろうと考えたこともあったんです。洋服が好きでしたから。靴ももちろん好きでした。大学2年のときに、ブライトンの学校から帰る道沿いに靴店を見つけたんです。既製靴を売る店だったのですが、店内には靴づくりの道具やラストがディスプレイされていました。その様子を見た時に、靴づくりは面白いに違いないと直感したんです」(テンプルマン氏)

 当時、2000年代初頭は、インターネットが大きく広がりを見せた時期でもあった。早速「靴づくり」についてネットでリサーチを重ね、ジョン・ロブやフォスター&サン、ジョージ・クレヴァリーといったロンドンの靴店の存在を知った。大学卒業後ロンドンへ戻った彼は、どちらかというと靴を探しに立ち寄ったセントジェームズのジョン・ロブで、彼らがアプレンティス(見習い職人)募集をしていることを知った。かくしてテンプルマン氏はジョン・ロブに入り、2年のアプレンティス期間を経てラストメイカーとなったのだった。

左は削る前の「エボーシュ」といわれるもの。テンプルマン氏が削ったベースの形をフランスのラストメーカーに渡して、つくってもらっている。右は切削が進んだラスト。

ラストを削るテンプルマン氏。切削用のラスプ(木工ヤスリ)はフランスのもの。「日本の道具もいいよね」とも語った。 

顧客の足を採寸したシートと、足を測る際に使う紙のテープ。これもジョン・ロブからのやり方で、テンプルマン氏はこれが最善という。

 ジョン・ロブのラストメイカーといえば、外から見ると花形のように見える。しかしテンプルマン氏は5年働いてのち、ジョン・ロブを去ることを決めた。

「働くという点では、ジョン・ロブはいい環境だったと思います。自分の仕事が求められている実感もありました。でも、私には限界でした。自分で自由に判断できるわけではなく、毎日同じようにラストを削っていることで、フラストレーションを感じていたのです。靴に強い関心がなく、仕事と割り切れればそれでもいいと思いますが、私は靴が好きでしたし、自分なりのヴィジョンもありました。自分で状況をコントロールできるようになりたい、そう考えて独立を選択したのです」

 そしてテンプルマン氏は、「独立以来、お客様とお会いすることも含め、靴づくりのさまざまなことを楽しんできました」とも語った。ジョン・ロブを辞めてすぐラストメイキング用のベンチをつくり、サンプルシューズを仕上げ、ウェブサイトを開設し、SNSで情報発信した。やがてアメリカなどから引き合いがあり、トランクショーも行なった。現在も6割がアメリカの顧客という。

革のクリッキングなどに使うパターンにはジョン・ロブ同様にパッキング用の紙を使っている。ラストの上に紙を乗せながら、中心線で左右対称にラインをとっていく。顧客の足に沿ってツイストしたラストなどの場合は左右に変化を加える場合もあるというが、概ねこのやり方でパターンをつくるという。
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