『Seiji McCarthy(セイジ・マッカーシー)』アメリカ人の自分が履きたい靴とは。

2016年に自身の靴づくりを始めた靴職人、セイジ・マッカーシー氏。工房を移転し、靴づくりを一新しようと行き着いたのは、いまの彼にとってリアルな、アメリカンな感覚から導かれたスタイルだった。

近作のシェル・コードヴァンを使ったロングウィングダービー。ベースラストにさらにボリュームをもたせた木型を使い、ストームウェルトを採用している。

自分のスタイルや好きな洋服に似合う靴を履きたい。

NBAのビジネスに携わっていた時、スニーカーデザインに興味を持ち、その後『ベルルッティ』の靴を見てドレスシューズづくりを志したと言っていたセイジ・マッカーシー氏。2016年に独立し、ワールドフットウェアギャラリーの2階にアトリエを構えた当初、彼の靴はそうした逸話を連想させるような、流麗なシルエットが特徴だった。

アトリエ内の接客スペース。マッカーシー氏が「アメリカン・クラフツマン・スタイル」から着想したガラス&ウッドの仕切りが印象的だ。

そんなマッカーシー氏が自身でアトリエ兼店舗を設けるにあたって、「アメリカン」なスタイルの靴を展開すると聞いて、少し驚いた。確かに彼はアメリカで生まれ育ったが、その出自が彼の靴づくりに影響するとは、考えにくかったからだった。

「アメリカンな靴をつくろうと思ったのは、独立して3年ぐらい経った時。それまでは英国の靴づくりを目指していました。色々試してみて、自分のスタイルというのがわかってきたところもあります。自分のワードローブも、気づいたらヴィンテージとか、『ブライスランズ』や『テーラーケイド』の服とか、アメリカンなテイストのものばかりになっていて、そういう服に似合う靴を履きたいなと思いました。自分が靴づくりを始めた当初は、チゼルトウの靴がかっこいいと思っていました。確かにモノとしてそれは美しいですが、人が履いて似合うかどうかは別の話。自分ならもう少しカジュアルで、フレンドリーなものがいいのかも、と思ったんです」

真鍮製のアトリエの表札。イラストはソリマチアキラ氏によるもの

こう語るマッカーシー氏の前では、靴職人・豊永映恵氏が作業を行っていた。彼女は現在マッカーシー氏の工房にて、『セイジ・マッカーシー』の靴のクロージング(アッパーの縫製)を担当しつつ、独立したクローザー(アッパーの縫製職人)として、ロンドンの『ジョン・ロブ』(ロンドン・ロブ)などの仕事を請け負っている。

米ホーウィン社のシェル・コードヴァン。アメリカンなスタイルに相性の良い革として、提案している。

英国コードウェイナーズで靴づくりを学んだ後、2003年よりロンドン・ロブに勤務していた豊永氏。同店では当初クリッカーとして働きはじめたが、仕事上の必要を感じ、パターンやクロージングなどを、それぞれの職人に教わるようになった。クリッカーを9年勤めた後、クローザーとしてロンドン・ロブの靴づくりを担い、現在に至っている。そんな英国の靴づくりの中で過ごしてきた豊永氏が、マッカーシー氏のアメリカンな靴に関わっているというのは、意外にも思える。

履き口を大きくとったフルサドルローファー。アメリカンなドレスローファーとして提案しているという。
現在のベースラストを使って製作されたスプリットトウダービー。アッパーには仏アノネイの「アルパイン」を使用。

「フレンドリーへの思いが職人同士を繋ぐ。

「私自身、英国スタイルの靴づくりという意識はなくて、そこで習得した靴のつくり方を続けていたわけですが、セイジさんと仕事をしてみて、こんなに違うのかと感じつつ、それはそれで面白いなとも思いました」このように語る豊永氏。もっとも実際の靴づくりでは、かなりやりとりを積み重ねたとも。特にマッカーシー氏の木型やデザインから豊永氏がアッパーをつくる際、お互いの認識に大きな差があったそう。

右が新たに製作されたベースラスト。ボリューム感あるトウがよくわかる。MTOはこの木型をベースに展開している。
ロングウィングに使用したラスト。トウ周辺が肉付けされているのがわかる。

「実際に仕上がるまで時間がかかりました。自分がつくる線が、違う、ここはもっと丸くといわれても、それでは私がこれまでつくってきた靴のバランスとは違うものになってしまう。セイジさんが求めるスタイルと、自分が職人として納得できるものとの間で、どのようにバランスをとっていくか、苦心しました」特にロングウィングはそのポジションが難しかったので、マッカーシー氏に木型に線を描いてもらい、そこからモックアップをつくって議論を重ねたという豊永氏。それはまた豊永氏が英国の、そしてロンドン・ロブの靴職人であるがゆえに直面した事態でもあった。

最新のMTOのサンプル。スエードはマッカーシー氏お薦めの革。クラシックなスタイルに適度なカジュアル感をもたらしている。

「ロンドン・ロブでは、数値などではなく、目でバランスを感じられるように、教わりました。それはこのラインがいいか、または気持ち悪いかが感覚的にわかるようになるということです。ブローギングなどもマーキングせずに、手の感覚で作業するようにいわれていました。その結果としてメイカーやクローザーなど職人ごとに仕上がりが微妙に違っていて、それを技術の一部として認めているところがあります」感覚を磨きあげて、数値に頼りすぎずそれに合わせられるスキルを持ちたい、とも語る豊永氏。彼女を職人として認めていたマッカーシー氏は当惑しつつも、その姿勢を受け入れていたという。

作業中の豊永映恵氏(右)とセイジ・マッカーシー氏(左)。『セイジ・マッカーシー』では、マッカーシー氏がラストやデザインとボトムメイキング、豊永氏がクロージングを担当している。
豊永氏がアッパー用の糸に使っているワックス。故人となったアウトワーカーがつくっていたもので、レシピは受け継がれず、今や希少なものという。

そんなふたりの間を繋いでいたのは、マッカーシー氏が掲げていた「フレンドリー」というコンセプトだった。「アメリカンとは言っていますが、僕はアメリカン・スタイルの靴をつくりたいわけじゃない。アメリカンなものが持つ、カジュアル感、フレンドリーな感じがある靴をつくりたいのです」(マッカーシー氏)

豊永氏がクローザーとして仕事を請けているビスポークハウスのための作業。パターン用の紙は独特なクラフト紙だ。オン・ザ・ラストでパターンを切っていく。

「私がクロージングにおいて考えているのは、10年後または20年後に、アッパーを修理するということも頭に入れてつくる、ということです。それは芸術品じゃなくて、実用品としていかにレベルを上げるかということでもあります。その点は、もっとフレンドリーに、気軽に履ける靴を目指しているセイジさんと一緒の姿勢かなと思います」(豊永氏)

Seiji McCarthy
ビスポークは1足目¥418,000~、2足目からは¥352,000~。コードヴァンの場合はアップチャージ¥55,000。他にもモデルや工程、革によってアップチャージあり。仮縫いは基本的には1~2回で、納期は1年以内。MTOは¥198,000~、モデルによってアップチャージあり。MTMは木型修整箇所ごとに¥5,500の追加料金あり。MTOとMTOは納期約4ヶ月。http://www.seijimccarthy.com

そしてマッカーシー氏は、現在の『セイジ・マッカーシー』の靴を、次のように評した。「今のサンプルの靴は、当初の自分の想像通りにはなっていないと思います。豊永さんのテイストが入っている。だから良い意味で、想像通りじゃない、ということなんです」

〇 LAST issue.22より
photographs_Satoko Imazu