風が頬を刺激する時期、気になるのは冬を過ごすコートのこと。ではコートと靴の合わせ方とは?レジェンドのスタイル、コートのつくり手たち、そして着こなしの達人たちを通して、旬の装いを考えた。
レジェンドの「コートと靴」スタイルをプレイバック

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20世紀前半からファッション・フォトグラファーとして「VOGUE」などで活躍したセシル・ビートン。名門パブリックスクール出身の彼はまた上流階級のマナーに通じた紳士だった。大戦後は文筆家やコスチュームデザイナーなど幅広く活躍したが、その着こなしにはいつも手慣れた上品さとクラシック感があった。写真は1970年に自宅前で撮影された一葉。 膝下丈のチェスターフィールドコートの襟を立て、足元にはスマートなトウのローファーを合わせている。ブリム広めの帽子とともに、カジュアル感の絶妙な配剤。少し斜めの帽子のかぶり方は、彼が若い頃のトップハット姿にも見ることができる。

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ジャック・タチが自作で演じるユロ氏のトレードマークは浅めの帽子に膝上丈のコート。『ぼくの伯父さん』ではコットンのステンカラーだったが『プレイタイム』では写真のようなウールのコートを着ている。ハウンズトゥース柄にライトブラウンのスエードシューズ、そしてアーガイル柄のソックスは今季かなり気分な着こなしだ。その一方で、このユロ氏の抜け感あるチャーミングな雰囲気は難易度が高い。短めな着丈と身幅のゆったり感のアンバランスさが生む効果だが、そのまま真似すると「ぼくはおっさん」になってしまうので注意が必要だ。

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ネオ・モッズシーンのアイコン的存在だったザ・ジャムのフロントマン、ポール・ウェラー。その後ザ・スタイルカウンシルとなった際のアウトフィットはある意味ビヨンド・モッズ、モッズの服装思想を進歩・展開させたものだった。それが端的に表れているのが、1984年にオックスフォードで撮影されたこの写真。集まるモッズの若者たちを尻目に、颯爽と歩き出すポール・ウェラー。分量感あるヘリンボーンのオ ーバーコートに丈短めの白っぽいトラウザーズ、そしてグロッシーなアッパーのタッセルスリップオンという姿。それはモッズが依拠する英国服のエレメントを含みながら、バランスと組み合わせでエッジを効かせた装いといえる。
テーラーが提案する「コートと靴」の組み合わせ
『Sartoria Ciccio(サルトリア・チッチオ)』 イタリア帰りのテーラーによるソフトなチェスターコート。
イタリア・ナポリでテーラーの修業を積んだ「サルトリア・チッチオ」の上木規至さん。彼の服はナポリの柔らかさを求める服づくりと、日本的な緻密さを融合させたものといえるだろう。そんな彼が提案するのが、ネイビ ーのカシミア100%の生地を使ったチェスターフィールドコート。昨年このコートをオーダーした顧客がいて、それまでよくつくっていたラグランのコートとはまた違った、新鮮な印象を受けたという。そしてこのコートに 合わせる靴として挙げたのが、親友である深谷秀隆さんのブランドのローファー。「コートの中はどちらかというとカジュアルな感じにしたいんです。ジーンズにホワイ トシャツ、それにローファーとかで、袖のボタンも外して、休日にあえてこういうコートを着る感じがいいですね」と上木さん。その抜け感がイタリア的ということか。


shop info.
サルトリア・チッチオ
東京都港区南青山5-4-43
tel:03-6433-5567
http://www.ciccio.co.jp
『LID TAILOR(リッド テーラー)』 チャールズ王太子から着想したバックベルトつきチェスター。
東京・西荻窪の『リッド テーラー』はブリティッシュを基調に、日本人の体格や雰囲気に合ったスタイルを実現するテーラー。店主の根本修さんが提案してくれたのは、バックにベルトを配したチェスターフィールドコート。生地はテイラー&ロッジ「ラムズ・ゴールデンベイル」 のカシミア、色はチャコールグレー。実はこのコート、英国のチャールズ皇太子が着ているものから着想したという。コートに合わせる靴は、根本さん所有のフォスター&サンのセミブローグスリップオン。「袖にカフがついたり、ベルトがあったり、実はそこまでフォーマルなコートじゃない。でもフォーマルよりの着こなしのほうがかっこいいと思うので、フルブローグよりもキャップトウを選んでいます。レースアップだとちょっと重くなりすぎるので、スリップオンで」とは根本さんの弁。


shop info.
リッド テーラー
東京都杉並区松庵3-31-16 #103
tel:03-3334-5551
『batak(バタク)』 往年のアクアロックをリヴァイヴァルさせる試み。
「Aquarock(アクアロック)」とは、かつて英国海軍の高級将校がビスポークウェアとして着ていたネイビーカラーのコートの名称。現在もまれに古着でみかけることもあるこのコートを、バタクでは防寒コートとしてアレンジして製品化。バタクが所有するアーカイヴをベースに、ウール・コットンのギャバジンを新たに開発した。仕上げをきれいにしすぎないことで、ミリタリーウェアのタフな質感を再現している。デザイン上の最大の特徴は、ウエスト部で内側に入っているコンシール・ベルトで絞ることができること。これによりバックにドレープが生まれる。このコートに合わせる靴として、バタクの中寺広吉さんが挙げたのはパンチドキャップトウ。ロイヤルネイビーゆえにプレーンダービーがユニフォームなところを、街着としてアレンジした着こなしという。


shop info.
バタク日比谷
東京都千代田区有楽町1-2-14 紫ビル2F
tel:03-5510-6902
『COHÉRENCE(コヒーレンス)』 デュシャンのポートレートから具体化されたタイロッケンコート。
往年のレジェンドたちのスタイルから着想した「コート」を展開する「コヒーレンス」。クリエイティブディレクタ ーの中込憲太郎さんが旬のコートの着こなしとして選んだのは、タイロッケンスタイルのモデル「MUTT」。 MUTT とはマルセル・デュシャンの偽作者名。マン・レイ撮影の写真でデュシャンが着用していたコートの襟や袖の仕様を、ミリタリーのモーターサイクルコート等に見られるタイロッケンスタイルに落とし込んでいる。生地はネイビーのタテ糸とブラックのヨコ糸を交織したミッドナイトブルーのスーピマコットンギャバジン。そこに合わせる靴は、中込さん所有のオーベルシーのプレーンダービー。アンソニー・クレヴァリー由来のスクエアトウと『勝手にしやがれ』のベルモンドの靴を思わせる丸いレースステイの組み合わせがノーブルな印象。


brand info.
コヒーレンス
http://co-herence.jp
ファッション識者が着こなす「コートと靴」
矢部克已さん ミラノ仕立ての重量感あるポロコート。
各男性ファッション誌で活躍する矢部克已さん。自他ともに認めるイタリア通の彼らしく、その装いもほとんどイタリア・メイド。毎年袖を通すというダブルのポロコートは、ミラノのサルトリア「Tindaro de Luca」にて 2012年に仕立てたもの。ネイビーヘリンボーンの生地はヴィンテージのドーメルで、意外に重量がある。生地のせいか袖山も大きいしっかりとしたつくり。袖つけは、片袖でなんと4時間を要するそうだ。そこにチェスナットカラーのエドワードグリーン「RYE」を合わせている。スーツはフィレンツェのリヴェラーノ・リヴェラーノによるグレイストライプ柄のフランネルスーツ。「着こなしのポイントは、ネイビーとグレーの組み合わせの中で、茶色をどう効かせるか」と矢部さん。

「メンズプレシャス」や「メンズ EX」などの男性ファッション雑誌でエディター&ライターとして長年活動。現在も年2回フィレンツェで行われるピッティ・イマジネ・ウォモを必ず訪れ、彼の地に知己も数多い。
尹 勝浩さん コートにはブーツがよく似合う。
小誌ではもうおなじみの、ビームスのファッションディレクター尹勝浩さんのコートは、12~13年は着ているというイタリア「サルトリア・ パルマ」の、カルロ・バルベラのカシミア混生地を使ったアルスターコ ート。背中のベルト部はインバーテッドプリーツになっている。靴はブラウンスエードのエンツォ・ボナフェの「グラント」。さらにインナーには尾州のウールデニムでつくったスーツを合わせている。「冬こそコートとブーツを合わせたい。その時デニムは相性がいいんです。ボヘミアン風というか、ビートルズの『アビーロード』ジャケットの4人がひとつになったような着こなしが気分ですね。コートを仰々しくなく楽しんで着たいです」と尹さん。

ビームス銀座店ファッションディレクター。 帽子は尹さんのトレードマークだが、冬に愛用していたジェームス・ロックの帽子を「川に飛ばして」しまったと語っていた。この時はボルサリーノの帽子で登場。
山本祐平さん 映画「シャレード」のコートを再生する。
「シティ・マナーが大切」と語る山本祐平さん。山本さんが店主を務めるテーラー「ケイド」がアメリカントラディショナルを追求するのも、街に生きる男たちに、そのスタイルがスポーティで合っていると考えるからという。そして、そうした考え方を反映したコートとして今回新たにつくったのが、コットンポプリン一枚仕立てのステンカラーコート。ベースとなったのは『シャレード』でケーリー・グラントが着ていたものだ。「空気を含むような分量感が重要」と山本さん。Aラインで袖も太め、そして着丈も膝が隠れる程度と長い。このコートにオールデンのタッセルスリップオン、グレイシャークスキンのスーツ、さらにニットタイを合わせて、スポーティな街の着こなしが完成する。

東京・渋谷のテーラー「CAID(ケイド」オーナー。最近はニューヨークでも受注会を行い、好評を博している。この日着用のシャツはつい先日仕上がった、小津安二郎のポートレイトから着想したロングポイントのホワイトシャツ。http://www.tailorcaid.com
尾崎雄飛さん どこか機能性由来なコートの装い。
「機能性、機能を反映したアプローチが大事だと思うんです」と語る尾崎雄飛さん。そんな尾崎さんが「いいとこどり」と称する今季の「サンカッケー」のコートは、カシミア混のメルトンを使った、ライディングコート風のシルエット。袖口にはブラックレザーのパイピングがあしらわれて、おなじみの胸のジップポケットとともに、確かに機能性を感じさせる。靴はサンカッケーとフラテッリ ジャコメッティのコラボレーションによるエレファントレザーのサイドゴアブーツをチョイス。「象革は水に強いと聞いたので、ヴィブラムソール仕様にしています」と尾崎さん。裾幅太めのパンツと相性がいい。インナーにはチャイナシャツを選んで「抜け」感を付加した着こなしに。

メンズブランド「SUN/kakke(サンカッケー」ディレクター。先般渋谷に予約制の「アトリエ・サンカッケー」をオープン。ネットショップとともに新たな展開を図っている。http://sunkakke.jp
photographs_Takao Ohta,Tomonori Nishigori
〇 雑誌『LAST』 issue.13 より