いまや世界的にもその存在が取り沙汰される日本の職人たち。今回は比較的アクセスしやすい東京と関西を拠点としている靴職人をガイドする。
Andante
整形靴からビスポーク・シューメイキングへ。
整形靴で使う足型から導かれるラストでつくられるドレスシューズ。他に例を見ない、独自の靴づくり。
京都・錦市場からほど近い街中の一角に、靴店『アンダンテ』があった。ドアを開けると、青年という表現がふさわしい男性が対応してくれた。その奥では女性が、作業台の傍にしゃがむようにして、作業をしている。
その青年、八巻裕介氏がこの靴店の主。作業をしていたのは公私ともにパートナーである八巻貴子氏だった。アンダンテの靴づくりは、このふたりが中心となって行われる。貴子氏はラストメイク、裕介氏は設計やアッパー、仮縫い靴の製作そしてオーダーメイドのプロセス全般で製作を担当。一部のメイキングは外部の職人に依頼している。
現在30歳の裕介氏が、靴づくりの道に入ったのは10代後半。整形靴の学校に進んだ。在学中のインターン制度で、山形の宮城興業に1ヶ月ほど滞在した際、工場の職人からハンドソーンウェルテッドのやり方を教わった。その時彼は次のように思ったという。「医療の整形靴と、ハンドソーンの靴づくりを掛けあわせたら、面白いのでは」。その思いは、学校を卒業し整形靴技術者として働くようになってからも、変わらず残っていた。ゆえにまずは整形靴を極めようと邁進。しかし京都のメーカーに移ったあたりから、整形靴のあり方に疑問を持つようになる。専門学校で同期だった貴子氏とはこの時結婚し、ともに技術者として働いていたが、保険制度の改変などもあって、危機感を持つようにもなった。ちょうどその頃、宮城興業以来繋がりのあった職人のもとでハンドソーンを教わっていたこともあって、かつて着想した「整形靴とハンドソーンの靴づくりの融合」を実現すべく独立を決めたのだった。
整形靴のノウハウや技術を反映した足型からの木型づくりは、当初全ての足に対応させるのが難しく、ラフの木型を削る、通常の木型づくりも平行して行なっていた。ところがある時、インターネットで古いヘンリー・マックスウェルの木型を見て衝撃を受けた。そこには整形靴の技術や知識が盛り込まれていたのだった。「同じことをやっていてもダメだと、足型からつくる整形靴のやり方のみにすることに決めました」。再度足型から靴の完成までのプロセスを見直して、2年ほど前に一連の流れが確立した。
では、その足型づくりのプロセスとはどのようなものだろうか。さっと流れを追うと、まず発注者の足や身体の状態を計測し、ガイダンスを行なった後、その足をラップで包み、その上から石膏つきの包帯で巻いていく。石膏が乾いたら足から外し、そこに樹脂を流し込んだものが足型になる。こう書くとそれほど複雑ではないように思えるが、個々のプロセス、例えば石膏の前に足にラップを巻くことひとつとっても、足の形状や肉のつき方などを見ながら、力の入れ方を変えて形を出していくという。そして足型に肉を盛ったり削ったりして、その顧客の「元になる」木型をつくり、それをプラスティックの木型にコピーした後、さらに調整する。「通常のラストメイキングの3倍から4倍の手間だと思います」と裕介氏。当初は靴づくり全てを裕介氏自身が手がけていたが、工程数があまりに多く、疎かになるところも出てきてしまうと、ラストづくりを貴子氏に任せてからは、より俯瞰的にラストや靴づくりを見ることができ、結果クオリティも上がったという。
こうした木型づくり以外にも、機能解剖学など整形靴の経験から導かれたノウハウが、つくりやディテールなど多岐にわたって盛り込まれている。「どの工程も工夫しています」と裕介氏。その一方で「そうしたフィッティングや機能に関する事柄はあくまでオプションであって、それを売りにしたいわけではありません。追求するのはやはり、見た瞬間にかっこいいと思える靴なんです」とも。さらに貴子氏の次のような言葉が印象に残った。「足の形も個性です。その個性を活かして美しいものをつくることが大切なんです」。
SHOP INFO
Andante
価格・納期などの目安
ビスポーク
¥400,000〜
納期9ヶ月(仮縫い1回)または1年〜(仮縫い2回以上)
九分仕立て¥250,000〜 九分半仕立て¥330,000〜
住所:京都府中京区蛸薬師通富小路東入油屋町 140 ルピア1F
電話:075-754-8151
HP:http://andante-shoe.com
※この特集中の価格、納期などはあくまで参考です(2019年4月時点)。素材や製法、各店の状況によって変わることもあり、オーダーをお考えの場合は各靴店にお問い合わせください。なお、表記価格は特記なき場合はすべて税抜きです。
※各店とも、基本的に要予約です。連絡先や各ホームページからご連絡ください。
photographs_Satoko Imazu
photographs_Hirotaka Hashimoto
text_Yukihiro Sugawara
○雑誌『LAST』issue.16 「Shoemakers in Japan 2019 京都で靴を仕立てる。」より抜粋