日本の靴づくり【JOE WORKS】
浅草で始める新たな靴づくり。

かつて靴産業の集積地として栄えた浅草界隈。往時の隆盛はないものの、いまなお残る製靴文化を背景に新たなシューズブランドをスタートする者たちもいる。その純粋で力強い靴づくりを覗いた。


 浅草はここ数年で、ずいぶんと変わった気がする。まずは観光客の数。外国人はもちろんだが、案外日本人も増えているように見える。それも老若男女関係なく。皆どこに行って、何を見るのだろう。そんなことを思いながら街を眺め、その後北の方角へと歩みを進めるのが常だ。

 ところで、最近よく耳にする表現に「奥」というものがある。奥渋谷、奥恵比寿、これまでどちらかという周縁地域だったところに、個性ある店などができ始め、独特の文化圏を形成しつつあるということらしい。もちろん「奥」には「ディープ」という含意もある。中心地の表層的な文化とは対照的に、「奥」には深い世界がある、というかそんな期待があるというわけ。それでは「奥浅草」とは? それはもう、靴産業、靴づくりの文化ということではないかと、毎月のようにそこを訪れる人間としては、思ってしまう。一見さびれた通り、路地。しかし目を凝らし耳をすませば、建物の奥から何かを削る音や、ハンマーの音などが聞こえてくる。

 そして、今回の目的地である『ジョーワークス』の工房も、まさに「奥浅草」的だった。商店街から一歩入った路地、家の庇から少しはみ出すように棚や段ボール箱が並んだ間口から奥に目を凝らすと、低い椅子に腰掛け作業する人影が見えた。中に入ると、そこには靴をつり込む作業などを行うベンチがふたつ、並んでいるのがわかった。

『ジョーワークス』のサンプル。ベーシックなモデルは¥74,000〜で、デザインのあるものは¥78,000〜¥80,000という価格設定。モデルを選び、ゲージサンプルを履いてサイズを選んで発注するやり方だ。
工房スペースで作業している岡田篤史氏。工房はもともと靴工場だったところを借りていて、トウラスターなどの機械は前の工場のものがそのまま使われている。

 この取材の少し前に、人づてにジョーワークスの靴を見る機会があった。グッドイヤーウェルテッド製法でつくられたフルブローグ。それは至極まっとうな、ある程度の品質を備えた靴だった。そして、だからこそそれが存在していることに意外な印象を持った。新進の、小規模の靴メーカーが生み出すものとしてはあまりに、無防備なくらい、正統派の靴を追求していた。果たしてこの存在がそのままマーケットに受け容れられるのかと思う一方で、こうした靴を生み出した当事者たちはどういう人間たちなのか、興味を抱いたのだった。

 ジョーワークスはシューズメーカーといっても、そのメンバーは3名。主に木型づくりと底まわりの作業そしてプロダクションマネージャー役を務める岡田篤史氏、パターンづくりからつり込みや生産管理などを担当する遠藤和敏氏、そしてその他の作業と顧客の対応や営業などを担当する駒澤崇行氏だけである。アッパーのクロージングやウェルティング、底の出し縫いは外注している。これは分業化が進んだ浅草ゆえに可能なやり方でもあり、この生産背景を熟知しているからこそ、シューズメーカーとして独立できるともいえるだろう。

 岡田氏は注文靴店カルツェリア・ホソノを経て浅草のシューズメーカー・セントラル靴に参加。遠藤氏は岡田氏のセントラル靴での後輩にあたり、ギルド・フットウェアカレッジで靴づくりを学んでセントラル靴に入社した。そして駒澤氏は、その当時セントラル靴に靴づくりを依頼する側だったという。

工房スペース奥に設えられた接客スペースで取材に応じる駒澤“ジェームズ”崇行氏。もともと金沢「KOKON」のスタッフだった。

 申し合わせてセントラル靴を離れたわけではない3人を繋いだのは、仕事の存在だった。それは、現在もジョーワークスの業務の主軸になっている、金沢の靴店「KOKON(ココン)」のオリジナルシューズの製造だ。取材時も、仕様やデザイン、大きさもまちまちなKOKONの靴がラックに並んでいた。それらは顧客の希望やサイズにあわせてつくられるメイド・トウ・オーダーのようだった。「これにはずいぶん鍛えられました」。傍らのベンチで作業していた岡田氏は笑う。そして「うちみたいなところだからこそできるんです」と続けた。通常大量生産するメーカーでは、効率を考え、モデルやサイズなど同様のものをまとめて作業する。ゆえにひとつひとつ差異のあるオーダーは受けにくくなる。ジョーワークスのような少数で各ワーカーが複数の作業をこなしているころならば、一度に多数量をつくることは難しくとも、個別のオーダーに応じることは可能だ。もちろんそこには個人のスキルなど、属人的な要素も大きく関わるのではあるが。

「JOE 0」と印字されたジョーワークスの木型。現在まだ木型は一種類という。木型は岡田氏が切削を担当した。

 ただ、このやり方では、効率は悪くないのだろうか。それは現場を苦しめることにならないのだろうか。そんなこちらの考えを察してか、岡田氏は遠藤氏につり込みの作業を頼みつつ、次のように話した。

「型紙とつり込みを同一人がやるというのは、あまりないと思います。つり込みをしないでパターンだけやっていても、革をどう引っ張ってどのように伸びるのか、わからないじゃないですか。パタンナーの評価は、(木型や革に)乗っかっている絵かもしれないけど、つくっているほうからしたら、木型に馴染むほうがいい」

 それを受けて遠藤氏も次のように話す。

「以前は型紙をつくって、サンプルの製甲をつくって、それをトウラスターで職人につり込んでもらっていました。でもそれだと、自分がやってしまった良くないところとかが、分からない。ここでは自分でつり込みもやるようになって、すごい勉強になるし、つり込んでいるときでも修整しようと思ったら、自分がつくったものだからすぐにできる。大きいメーカーだとなかなかそうはいきません。つくっていて、それはいいことだと思いますね」

 さらに岡田氏は次のようにも語る。

「早くものをつくるのには、手を抜くというか、引き算をしなければいけません。そういうことはしたくない。ちゃんとやるというか、ちゃんとやれることが重要なんです」

 こうした物づくりへのストレートな思いが、そのまま靴に表れたのかもしれない。だからこそ、「値ごろな靴」に慣れた目に浮き上がって見えたのだった。

「商売としてどうというよりも、いいものはできるだろうという気持ちはありました。そして、いいものつくっていれば何とかなると」

 そんな岡田氏の言葉を聞いて、以前あるアーティストがアーティストの条件を訊かれて、「誰にも頼まれなくても、つくり続けること」と答えていたことを思い出した。つくるべきと思うからつくる、さらによいものをつくることができるから、それをちゃんとやる。彼らは、市場経済の中でとかくおざなりにされている「なぜ、私たちはモノをつくるのか」というところから、行動をスタートしているのかもしれない。その姿勢には危うさと同時に、力強さも感じられたのだった。

現在サンプルで確認中の2つめの木型の靴。カジュアルスタイルのものを開発中という。

JOE WORKS
ジョーワークス
台東区清川2-11-1
tel. 03-5849-4706
https://www.joeworks.net


photographs_Hirotaka Hashimoto
text_Yukihiro Sugawara
◯「LAST」issue11 /『日本の靴づくり JOE WORKS』より抜粋。

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