神戸『La Rificolona(ラ・リフィコロナ)』人生を経て巡りあった、靴づくりの道。

窓枠をうまく活用した棚に、整然と並べられた道具類。内装の多くは彼ら自身で手がけている。奥様の真弓氏の父が大工仕事好きで、大活躍したそう。

イタリアで学び、そしてリアルな靴づくりを追求する。中田夫妻の靴工房『ラ・リフィコロナ』。

JR神戸駅からそう遠くない一角に建つ古びたビル。「製麺会館」と記されたレトロな表示の下には、ブラス製と思しき、まだ新しいサインが見えた。階段をのぼって3階に着くと、ガラスが嵌ったドアが。そこは中田吐夢・真弓夫妻の靴工房『LaRificolona(ラ・リフィコロナ)』のアトリエ兼店舗。室内は光がふんだんに入り、靴選びにも、そして靴づくりにもよい環境であることが窺える。

ビルの3階に位置する空間。ここで顧客の対応から、靴の製作作業までを行なっている。

この店舗をオープンしたのは2020年の3月。新型コロナウイルス感染症が猛威をふるい始めた頃だった。もっとも彼らの表情に暗さは見受けられない。聞けばそれほど大きな影響は感じられず、コンスタントに来客や注文があるという。

サンプルが並んだショーケース。
これは吐夢氏お手製のフィニッシャー。小径ペーパードラムで使いやすいようにしてあり、集塵機能もある。

いまは職人として順風満帆なふたりだが、彼らは靴づくりを志す前、長年にわたり会社員として過ごしてきた。「私は神戸の自転車輸入会社にいて、15年ほどデザインやグラフィックなどの仕事をしていました。妻はクルマのディーラー勤務です。ふたりとも、このまま仕事を続けていいのか、疑問に思っていました。そんな折、靴づくりの情報を多く目にするようになって、素晴らしい仕事だなと話していたのです」(吐夢氏)

彼らはもともとアートスクールの同級生。社会人になってからも趣味で作品を発表していた。元来持っていたものづくりへの思いは消えず、それは靴づくりへと収斂していったのだ。ふたりは仕事を辞め、どうせ学ぶのならとイタリアに向かった。40代目前、38歳の転身だった。

「マンニーナ」で学んだ靴づくりへの姿勢

彼らがフィレンツェのアート&デザインの学校『アカデミア・リアチ』を選んだのは、靴の名匠として、『デュカル』などのシューズブランドにも関わったアンジェロ氏が講師を務めていたからだった。そして運よくふたりともアンジェロ氏より靴づくりを教わることができた。学校は1年コース、その後フィレンツェに留まり靴づくりの修業をしようと決めていた彼らは、学校に通う傍ら修業先を探した。

人づてに紹介された「マンニーナ」には、自分で考案・製作したスクエアトウのトレッキングブーツを持っていった。親方のカロージェロ氏はその靴を気に入り、現オーナーである息子のアントニオ氏向けにつくるよう言ったという。このことがきっかけで、吐夢氏は「マンニーナ」で靴づくりをすることに。

『ラ・リフィコロナ』での人気モデルのひとつである、スクエアトウのトレッキングブーツ。中田夫妻と「マンニーナ」を繋いだ靴であり、同店の靴づくりの起点ともいえる。マッケイからノルウィージャンまで、さまざまな製法でつくることができる。
ノルウィージャン製法も手がけている。『アカデミア・リアチ』にてアンジェロ氏から教わった。

学校を修了したのち、吐夢氏はインターンとして「マンニーナ」で働きはじめた。ところが2〜3ヶ月ほどして、カロージェロ氏が急逝する。「マンニーナ」の靴づくりは工房の2人の職人が引き継いだが、実はこのことに助けられたと、中田夫妻は語る。「工房での靴づくりは基本的に分業制ですが、親方がいなくなったこともあり、靴づくりの全工程を仕上げまでつくらせてもらえました。あの経験は大きかったです」(真弓氏)

当初よりイタリア滞在は3年間と、中田夫妻は決めていた。それは第一に就労ビザを取得することが困難なためだが、他方で「世界を見回しても、確実に日本人の技術が高い。それがわかってしまったからこそ、フィレンツェに居続けることに執着しなかったのかもしれません」(真弓氏)とも。

その一方で彼らは「マンニーナ」の姿勢には共感していた。「マンニーナはマッケイ製法の靴を多く手がけていました。30万円でハンドソーンの靴なら1足しか買えないが、マッケイ製法ならば2〜3足買うことができる、そのほうがローテーションができて靴にも、客にとってもいい、そういうカロージェロさんの考えが反映されています。その精神を私たちも受け継いでいます」(吐夢氏)

これが『アカデミア・リアチ』時代に吐夢氏が考案し製作した、スクエアトウのトレッキングブーツ。「マンニーナ」の現オーナー、アントニオ氏にも製作した。

日本に帰国後、中田夫妻はすぐに店舗を構えず、夫の郷里徳島で祖父が住んでいた家を改装し、靴づくりを始めた。吐夢氏はこの徳島での3年間を「準備期間」と位置付ける。「イタリアでは靴づくりだけだったので、採寸や木型のことは充分わかっていません。年に数回、神戸のショップでトランクショーを開催しながら、神戸の木型店に通い、採寸や木型について教えを請い、徳島に戻って実践しながら、自分たちなりに経験を積みました」(吐夢氏) トランクショーでは、木型調整やパターンメイキングが難しいパンプスの注文が多く、その経験が現在の靴づくりに活かされているという。

中田真弓氏。パターンからクロージングまでアッパー製作全般を担当。フィレンツェ時代は靴修理店やサンダル店で仕事する傍ら、「マンニーナ」の店頭にも立っていた。
中田吐夢氏。採寸とラストメイキング、ボトムメイキングを担当。低いベンチがイタリアの靴づくりを修めたことを物語る。

柔軟さと、イタリアへの独自なこだわり。

「今は、フルハンドメイドでつくられる、ビスポークの靴づくりだけを追求してはいません」彼らははっきりそう語る。ハンドソーンウェルテッドだけでなくマッケイ製法の受注も多く、木型もフルスクラッチより、ベースの木型を修整しフィッティングを得るやり方に力を入れている。パターンオーダーの足入れサンプルは幅広いサイズで用意している。そうした融通無碍な姿勢には、社会人経験を経て靴づくりを始めた彼らゆえの、バランス感覚が窺える。

つま先部が薄めの、最近導入した新しい木型で製作途中の靴。一の甲とニの甲の落差がある。

その一方で、強いこだわりを見せるのがラスト。イタリア・フィレンツェの『フォルミフィッチオ・ロマニョーロ』の木型を元に、日本人の足に合うようヒールカップなどを小さくしたものからベースラストを起こしている。「元々の木型のラインがセクシーというか、きれいなんです。そのぶん、中心線がとりにくく、型紙づくりは大変なのですが。そして、日本人にこのイタリアの木型の形状は出せないとも感じています」(吐夢氏)

最近入手したという「山浦染革」のベビーカーフ。柔らかくしっとりとした質感。
ウィメンズのローファーのサンプル。ウィングのディテールをインサイドとアウトサイドで変えている。
納品前の顧客の靴。セミカスタムオーダーでマッケイ製法。「マッケイ製法はインソールなども薄く仕上げることができるので、独自の良さがあります」と語る吐夢氏。

shop information
『ラ・リフィコロナ』
住所:兵庫県神戸市中央区多聞通1-3-5 3階 F室
営業:9:00~18:00 不定休
HP:https://www.larificolona.com
価格:パターンオーダーのマッケイ製法 ¥96,800、セミカスタムメイド ¥44,000+マッケイ製法 ¥96,800~¥140,800、セミカスタムメイド ¥44,000+ハンドソーンウェルテッド(九分)¥176,000~¥220,000、ビスポーク ¥99,000+ハンドソーンウェルテッド(九分)¥176,000~¥275,000 ほか
納期:約半年~、ビスポークは10ヶ月~(オーダー時要確認)


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