【インタビュー】アーティスティック・ディレクター、オリヴィエ・サイヤール氏に聞く
キュレーターとして活躍していた新アーティスティック・ディレクターがJ.M. WESTONで実現しようとしているものとは。新店オープニングで来日したサイヤール氏に、話を聞いた。
「J.M. WESTON 青山店」が全面的にリニューアルされた。指揮を執ったのはもちろん、ブランドのアーティスティック・イメージ&カルチャー・ディレクターに就任したオリヴィエ・サイヤール氏である。
新たなコンセプトは「博物館と工場、その境界線上にある図像学」であるとか。なるほど木材とメタルを組み合わせたショーケースは、直線的で無機質な陳列室を思わせる仕上がり。ただし、さまざまなサイズをアトランダムに立ち並ばせているためか、冷たい印象はなくむしろ遊び心を感じる。つまりユニークなバランスがある。この世界に先駆けて一新されたブティックで、サイヤール氏に話を聞いた。
歩くという行為のための、機能とアートを宿すために
̶̶青山店のイメージは大きく変わりましたが、その前にはブランドロゴも一新されています。まずはその意図を教えていただけますか。
「タイムレスで創意のある世界へ立ち帰るためです。ただし全く新しいものではなく、1940年代のムードを参考にして。というのも、モード、特にメンズモードにおいて、とてもクリエイティブな時代だったので。一方で、機能性のあるものに対するニーズが高かったという特徴もあります。大きな戦争がありましたから。アートやデザインの世界においても、『美のための美』というよりは、使い心地や機能性を重視したものがたくさん生まれている。本質的な形に最も接近できた時代だと思います。個人的にも心惹かれますし、ブランドにも最適だと考えました」
̶̶美だけでなく機能に改めて焦点を絞るためだと。
「はい、大切な価値だと思います。過去のアーカイヴをリサーチしたのですが、『一生ものである』とか『長く
履ける』とか、そういう質実さを訴える広告がたくさんあったのです。かつてパリのカフェのギャルソンたちが愛用していたという史実も知りました。いつでもずっと修理してもらえるから、というのが最大の理由だということでした。このエピソードがとても気に入ったので、パリで行なった『COMMANDES TRÈSSPÉCIALES』のプレゼンテーションに転用しました。いずれにしても、そういった、ワークシューズのようなといいますか、根本的な実用性や機能性が、このブランドにはあるべきだと思っています」
̶̶ブティックのリニューアルにおいても、そういった点を大切にされたのですね。
「何より靴は歩くためのもの。私はこのブランドにアートや文化をもたらす仕事をしていますが、それはただ美しくプレゼンテーションすればいいという訳ではないはずです。歩くという動作は、ひとつの機能そのもので、ゆえに靴は機能を求めますからね。しかし一方で、歩くという行為そのものが、芸術的なアプローチでもある気もします。歴史上のアーティストも歩くことで着想を得たという例がたくさんありますし。それが靴というプロダクトのユニークなところだと思います」
̶̶興味深い視点です。学芸員や歴史家としての経歴が生かされているのでしょうか。
「私の経歴はモードやシューズの世界において典型的ではありません。それでも選ばれたのは、新しい視点を提供する役割があるのだとさえ思っています。J.M. WESTONというクラシックで良質なブランドの歴史を紐解きながら、すこしずつ新しい解釈を加えていくことになります」
̶̶特に挑戦したいことを教えてください。
「これは私の信念でもあるのですが、ファッションにもポエティックな精神を宿すことができる。それを伝え
ていきたいと思っています。第一にシューズは機能とファッション性を求められるプロダクトです。そうあるべきですが、一方できわめてインティメイトなものにもなり得るはずなのです。昨今のファッションの世界では、親密さという視点がまったくと言っていいほど失われてしまいました。私はそれを回復したい。つまり、シューズ、あるいはファッションを通して、自分の人生を描いていくことができるんだということ。その視点を提供していきたいのです」
̶̶モードやファッションがただ消費されるものではないはずだということですね。
「その通り。何よりスピードが早すぎると感じます。もっと緩める必要がある。私の周囲にも服や靴を捨てることなく、長く大切に身につけている人たちがたくさんいます。モードを嗜みながら、持っているものを尊重することもできるはずです。この仕事に就いて安心感を覚えました。というのも、顧客の生涯を通じて、修理をしていくというというのが基本的な姿勢でしたから。ラグジュアリーブランドは流行を量産するのではなく、顧客との長期的なコミットこそ大切にするべきです。しかし多くのブランドはそうではない。高いお金を払って買ってもらい、翌年、あるいは明日にでも、それをクローゼットに仕舞って、さもなくば捨ててしまって、新しいアイテムを買うように誘っているように思えます。それでは誠実とは言えないのではないでしょうか。もし誠実でないとしたなら、そもそも文化を宿すことはできません」
Olivier Saillard(オリヴィエ・サイヤール)氏 プロフィール
大学で芸術史を学んだ後、1995年、マルセイユのモード美術館ディレクターを皮切りに、パリ装飾美術館勤務を経て、2010年からパリ・ガリエラ宮モード美術館の館長として「アズティーン・アライア」展ほか数々のエキシビションを実現させた。2018年1月より現職。
photographs_Takao Ohta, text_Satoshi Taguchi
◯「LAST」issue16 GOOD SHOE SHOPS 靴店に行こう。/より抜粋。