大分の靴職人が営む『山村製靴店』。この街に、こんな靴店がひとつあってもいい。

『山村製靴店』店内、来客用のスペース。トルソーにディスプレイされているのは、同店でトランクショーを開催している東京『サルトリア・イコア』のジャケット。

地方に拠点を構え、靴づくりを追求するシューメイカー『山村製靴店』

大分空港からは、バスに乗り海沿いの道を大分市に向かった。途中に温泉地として有名な別府があり、そこから小高い山を海からまわりこむようにして、大分市内に入っていく。進行方向に見える丸い山の稜線、そして左手に広がる別府湾。ふと、ブラジルのリオが連想された。大分城址にほど近い荷揚町は、裁判所や法務局などがあり、東京の霞ヶ関や半蔵門のようなエリア。その一角に、『山村製靴店』の店舗兼アトリエがある。

作業中の山村浩二氏。木型やパターンづくりはもちろん、アッパーの縫製からボトムメイクまで、すべてひとりでこなすという。ちなみに『山村製靴店』は九分仕立てが基本で、出し縫いは福岡のファクトリー「パンチャ」に 依頼している。
アッパーと木型、ソールなどがワンセットになっていた。底材はスペインのスプレンダーソール、中底はイタリアのクロスショルダー、先芯はイタリアンベンズから切り出したパーツを買っている。「自分で切り出すより、そのほうが合理的です」と山村氏。

「自分で靴づくりをするようになって15年、この店に移ってからはちょうど10年が過ぎたところです」こう説明する『山村製靴店』の靴職人・山村浩二氏。彼は大分で生まれ育ち、この街で靴職人として独立した。高専を卒業後、持ち前の反骨心から、社会に溶け込むことに反発していたという山村氏。独立してできる仕事を、当時から模索していた。同時にファッションにも関心があり、地元の靴店に勤める先輩に誘われ、アルバイトをするように。「その店はスニーカーばかりだったのですが、店の一角に『ローク』の靴が置かれていて、そこだけ雰囲気が違っていたのです。英国靴に興味を持ち、雑誌やムックなどを買って読む中、靴学校の情報や工場の写真を見て、靴ってつくれるんだ、と思って」

『ローク』から英国靴に興味を持ち始めた頃によく読んでいた雑誌類。山村氏が靴づくりの世界に飛び込むきっかけにもなった。

これは英国に行ってみるしかないと、お金を貯め渡英。靴工場が集積するノーザンプトンや、ロンドン・セントジェームズの「ジョン・ロブ」を訪ねた。ロンドン・ロブではちょうど大川バセット由紀子氏が働いていた。「彼女に靴職人に興味があると話したら、ロンドンに来るのはいいけど、きちんと意識をもたないとダメだといわれて」と山村氏。帰国時には、渡航費や靴学校の学費のことを考えると再度渡英するのは難しいと感じていた。

英国からの帰路、飛行機の窓から大分の街を眺め抱いた、密かな決意。

ところが、大分空港行きの機中で、彼に別の感情が起こってきた。「ちょうど夜の便だったのですが、窓から大分の街の灯を見て、この街にも靴屋が一軒くらいあったっていいじゃないか、と思ったのです」これは彼自身の今後への思いだったが、同時に先人の気配も示唆していた。電話帳を調べると、大分市内に一軒だけ靴店が見つかった。訪ねると靴修理店になっていたが、そこには既製靴が行き渡っていなかった 頃から靴づくりをしていた70代の靴職人がいた。当初難色を示されるも粘り、靴づくりを教えてもらうことに。そこで週3〜4日靴づくりをし、夜は居酒屋でアルバイト、そうした生活を5〜6年送ったという。

「40〜50年前のやり方でしたが、底づけとかは今と大して変わらないので。修理もやりました。当時いただいたコテやワニなどの道具は、今も持っています」ただ、昔の靴店では型紙などはよそから購入して使っていた。ゆえにその靴店では型紙のつくり方や木型づくりはわからず、別途東京の型紙塾に行って学んだ。そして、とにかく自分の靴をつくりたかった山村氏は、20代後半でアルバイトを辞め、自宅にて靴づくりを開始したのだった。「そこからは自分自身の経験です。学んだセオリーと、お客さんの靴づくりの実体験を組み合わせて、自分に覚えこませていく、という感じです」

老職人から譲り受けた道具類

地元にある「手軽じゃないけど、気軽にいける靴屋』に結実。

靴づくりとともに修理も始め、ブティックやショップをまわって営業もした。修理に関してはできないことはないという自信があった。やがて、そんな山村氏を応援してくれる人も現れはじめた。「大分に根付いてやっていこうという姿勢が、支持されたのかもしれません」と山村氏は独立以来、型紙や木型を学ぶために数ヶ月東京に滞在した時以外、大分を離れたことはないという。「地元にあって、手軽じゃないけど、気軽に行ける靴屋にしたかった」と、やや冗談めかして語る山村氏だが、顧客とともに自分の靴づくりを磨いてきた彼にとっては、大分という環境と、靴そして靴店はもはや不可分なのかもしれない。

靴づくりの道具類は古いものの他に、東京や福岡で調達している。

さらに最近では自身の店を会場に、大分県外のテーラーやブランドを招聘した受注会にも力を入れるようになった。「地方では良質なものに直接触れたいと思っても、なかなか難しい。大分にもっと刺激を与えたい、恩返ししたいと思っています」と山村氏。

接客スペースを別アングルから。東京からは羨ましい余裕ある空間だ。
店舗奥にはこうした靴づくりのための機械類も設置されている。

「好き」を求めた結果、原点に回帰した。

これまでつくってきたラスト。山村氏は片足の木型にパテなどを使ってベースをつくり、それを木型メーカーに渡して両足の木型をつくった後、修整していく。以前は左右とも木型を削っていたが、利き手の関係で違いが出てしまうので、このやり方に落ち着いたという。

そして靴づくりそのものに関しても、キャリア15年を迎え、ひとつの節目が訪れているようだ。「とにかくお客さまとともに、どんな靴も、どんな靴づくりもやってきました。その経験は他の靴職人に劣るものではないという自負もあります。ただその一方で、お客さまに寄り添う靴づくりもいいけれど、自分の好みというものはある、それが最近ようやく見えてきたという実感があります」

パターンオーダーの靴のベースラスト。スクエアトウとラウンドトウ2 種の展開を予定している。

そう話して見せてくれたのが、明るい色あいのスエードを使ったパンチドキャップオックスフォード。厚みのあるラウンドトウが特徴だ。こ れは現在準備しているセミオーダー(MTO)のサンプルでもあるという。「いろいろと検討していたのですが、 結果的に自分が靴づくりを始めた頃につくっていたものに近づいて、ラウンドトウのぽってりした靴になりました、こうした靴がやはり好きなんだと」 その靴の柔和な佇まいには、朝見た穏やかな別府湾が、よく似合うように感じられた。

パターンオーダーのサンプルも兼ねて、最近つくったスエードのオックスフォード。奥のダービーと比べると、トウ部の厚みがよくわかる。
ショップの外観。店舗前には駐車場があり、クルマで立ち寄って修理を依頼する顧客の姿が見られた。停まっている自転車は山村氏愛用の『F.Moser』のもの。

shop information
『山村製靴店』
住所:大分県大分市荷揚町10-10 グリーンヒル荷揚マンション1F
電話:097-534-1715
営業:12:00~19:00 火・水休
HP:http://yamamuraseikaten.com
価格:ビスポーク ¥275,000~(オリジナルシューツリー付き)、セミオーダー ¥132.000~(九分仕立て)、スタイルやディテールオプションでアップチャージあり。アッパーの革によっては要見積り。
納期:オーダー時に要相談。仮縫い基本1回。

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