日本の靴づくり 【ユイゴ ハヤノ】
英国を知り、確立した自身の靴づくり。

日本でハンドメイドの靴づくりに出合った若者は「ラスト」を追求するべく英国・ロンドンへ。師匠との邂逅、自ら抱く理想、そして彼は独自の道を歩み始めた。


木型づくりに関しては、ずっともやもやしていた。

 9月下旬(註* 2018年本誌記事掲載時)にリニューアルした伊勢丹メンズ館のハイエンドシューズ売り場。改装後第一弾のオーダー会として、ビスポークシューメイカー早野唯吾氏のサンプルが並んだ。中でもひときわ目をひいたのが、バンドがヴァンプ部で交差する、俗称「バタフライバンド」と呼ばれるスリップオンだった。

「これはインロックシューズと呼ばれています。フロントのバンド下にエラスティックが付いていますので、エラスティックオンインステップ、いわゆるセンターエラスティックのホールド感に近いかと思います。つくるときには、バンド部とインステップ部の間に革を一枚挟んでつり込み、靴に仕上がった際にその革を抜くとバンド下にスペースが生まれます。脱ぎ履きの際や歩行時にはそのスペースを使い、交差している左右のバタフライバンドがスライドするように動く仕組みになっています」

 オーダー会を終えアトリエに戻ってきたサンプルを前に、早野氏はこのように説明した。ローファーなどでは、どちらかというと装飾の意味あいが強いバンドは、ここではフィッティングを実現する重要なディテールであることに少し驚いた。そのデザインやつくりを称賛すると、彼は謝意とともに次のように言葉を継いだ。

「でも、英国では昔からあるものですから」

ワークショップの棚に並べられた、現在制作中の顧客のラストやトライオン(仮縫い)の靴。英国で買い付けた部材なども見える。
ワークショップでラストの切削を行う早野唯吾氏。作業のベンチはすべて自作したものという。

英国の普通を続けること。

 東京・世田谷の住宅地の一角に位置する、「ビスポーク・シューワークス ユイゴ ハヤノ」の工房。プライベートなワークショップという雰囲気だが、ここで顧客への対応も行なっているという。早野氏が自身の靴づくりをスタートしたのは2017年と意外に最近。それ以前は他のビスポーク靴店のメイキング(底づけ)や既製靴のモデルラストづくりを3年ほど請け負っていた。さらにその前は、彼は英国にいた。

 靴づくりに興味を持ち始めたのは大学在学中。元々ものづくりをしたいという気持ちがあり、それが靴として像を結んだ。大学を卒業後、靴づくりを学ぶために浅草の「東京都立城東職業能力開発センター 台東分校(通称台東分校)」に入学した。そこで、手製の靴づくりに出合い、強い興味を持ったという。台東分校を1年で卒業したのちはシューズメーカーに就職する一方で、日本のビスポーク工房の門を叩き、そこでハンドメイドの靴づくりを学んだ。やがて工房のメンバーに。そんな日々の中で、直面した問題があった。それは木型に関することだった。

「台東分校の頃にも木型の授業はほとんどなかったですし、工房でも木型を削るのはオーナーしかやっていませんでした。そうしたこともあって、木型づくりに関してはいつも物足りなさを感じていたんです。工房の通常業務が終わった後で木型づくりを練習する際も、採寸の線に対してどのように木型を置いて作業したらいいのか、どこまで削ったらいいのか、ずっともやもやしていました」

 こう当時を語る早野氏。3年ほど日本でビスポークの靴づくりに関わったのち、彼は英国に行くことを決意する、木型づくりの「答え」を求めて。それはちょうど震災の年だった。

 2000年代から2010年代、それ以前とは状況が異なり、ロンドンでは多くの日本人が靴づくりを修業し、ボトムメイカーなどとしてビスポークハウスの仕事を請け負う者も増えていた。靴づくりを目指す日本人に対する障壁は低めになっていたというが、それでもラストメイカーだけは別だった。

「自分がつくった靴の画像をビスポーク靴店にメールすると、意外に快く会ってくれました。ただ、ラストメイキングをしたいと話すと、それは難しいという反応。逆にクロージングとかメイキングはできないの? と聞かれてしまいました」

 メイカーとしてならばすぐに仕事を得ることはできたかもしれなかったが、本来ラストを学びたくて英国に来たのだからと、早野氏は自分に言い聞かせたという。そんな日々の中で、ある日メイカーの友人の付き添いで行った先で、スティーヴン・ロウ氏と出会った。

「当時スティーヴンは(セントジェームズの)ジョン・ロブで30年弱ラストメイカーを務めていて、プライベートでもワークショップを持っていたんです。ターニングマシンが3台もあるような大きな空間で。シェア・ワークショップを探す友人の付き添いで行った先が思いがけずラストメイカーで、その場で一生懸命拙い英語で弟子入りをアピールしました。そうしたら、『他の靴づくりはできるの?』と聞かれて、『ひと通りできます』と答えたら、『わかった、じゃあちょっと考える』と。翌日連絡があって、『実はうちの息子にいろんな可能性を探ってもらいたいので、平日は僕が君にラストメイキングを教えるから、週末は息子に靴づくりを教えるという条件ではどうか』と言われて、もちろんOKしました」

ラストはボディを顧客の足にあわせ削ったのち、トウ部を削る。あくまでスタイルに合ったトウシェイプを目指すという。
サンプルシューズ。顧客のラストなどを使ってつくられている

ラストが英国ならば、すべてが英国でないと合わない。

 こうして早野氏はロウ氏のもとでラストメイキングを学び始める。採寸などはロウ氏の息子を練習台に教わった。ロウ氏とマンツーマンで木型を学びつつ、ロウ氏の仕事の手伝いもするように。ドレスのラストやカジュアルのラスト、最後にはツイステッドラストまで、教わりながら実際にラストをつくっていった。ビザの関係もあって英国に滞在できる期間は限られている。ロウ氏からワークショップの鍵を預かるようになると、土日や空いた時間もラストメイキングに集中した。

 そして、ラストメイキングに注力する過程でわかってきたことは、他の工程、パターンメイキングやボトムメイキングなども変えなくてはならないということだった。

「ラストが英国ならば、全部英国のやり方でないと合わないんです。パターンはいちから英国のやり方を習得し、メイキングも道具などから英国のものに変えて、現地の職人に相談しながら独自にやり直しました」

 こうした英国生活を経て帰国し、現在は自身の靴づくりを行なっている早野氏。だが当初からそれを目指したわけではなかったという。英国の靴づくりの中でラストメイカー、シューメイカーとして活動する。さまざまな事情で叶わなかったが、早野氏はそうした自身のあり方を模索した時期があった。そのことは現在の靴づくりにも大きく影響している。手がける靴のスタイルや方向性に話が及んだ際、早野氏は次のように語った。

「自分の色を出すということに、それほどこだわりはありません。スティーヴンからも、これが自分のスタイルだとか言われたことはないですし、彼のラストは一見ごく普通です。でもそのシンプルさは、長年の経験から導かれた普遍的なラインの連続で構成されているのです。にもかかわらず彼のラストだとわかる。そのように自然にやって、出てくるシェイプでいいと思います」

 英国のラストメイキングを修め、それゆえに自身の靴づくりもリセットした早野氏にとって、その状態をごく自然にそのまま継続することこそ、求める靴づくりなのだ。だからこそ、彼の靴づくりは稀少なのかもしれない、そんな風にも感じられた。

写真の大きなノコギリは、ビーチ材からラスト用の塊を切り出すためのもので、英国ではその作業から行なっていたそう。手前はロウ氏が採寸した早野氏の足型。これを手本に、やり方を考えていったという。

Bespoke Shoe Works
yuigo hayano
ユイゴ ハヤノ

オーダー価格は¥338,000〜(ツリー込み)、通常仮縫い1回で、納期は1年〜。
tel. 03-6356-9125
http://www.yuigohayano.com


photographs_Hirotaka Hashimoto
text_Yukihiro Sugawara
◯「LAST」issue15 /『日本の靴づくり ユイゴハヤノ』より抜粋。

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