徳島県の製靴店『licht licht(リヒト リヒト)』離れたところでつくる、それがちょうどいい。

店内の作業台でつり込み作業をする金澤光記氏。靴づくりの作業はボトムのステッチなど以外はすべて彼が行なっている。

目指すのは道具として、それぞれに合った靴。神山だからこそ導かれた『licht licht(リヒト リヒト)』の靴づくり。

徳島県・神山町と聞いて、ピンとくる人は多いかもしれない。かつての過疎の町は、国内外のアーティストを招いたアーティスト・イン・レジデンスや、光ファイバー網をベースとしたIT企業や映像関連企業等の誘致により、一躍その名が知られるようになった。近年では地産地食を謳う「Food Hub Project」の実店舗「かま屋」などが話題だ。

今回訪れた靴店『リヒト リヒト』は、その神山町の旧街道筋、古い電器店を改装した建物にある。周辺には同様に古い町家を改装したコーヒーの焙煎所やカフェなどがあり、まさに「話題の神山」らしいエリアだ。「ここは2015年にオープンしました」と話すのは、『リヒト リヒト』のオーナーであり、靴職人の金澤光記氏。以前は家族で神山に住んでいたが、現在は町外からこの店舗兼アトリエに通っている。

のどかな里山の風景が広がる神山町。取材に訪れた時期は、名物となっているしだれ桜が咲き乱れていた。
接客スペースから見た店内の様子。手前がメンズ、奥のラックにはサンダル類などウィメンズが並んでいる。

金澤氏が靴づくりに興味を持ったのは高校時代。その後、神戸医療福祉専門学校三田校の整形靴科に進学した。「奇抜なことを考えるのがデザインを学ぶことだ思っていたのでデザイン系ではないのかなと。足に障がいのある方の靴をつくれるようになれば、一般的な靴もつくることができるだろうと、その学校を選びました」ところが2年間の学生生活の中で日本の整形靴をめぐる状況を知るうち、次第にその業界で働く姿を想像できなくなっていった。

そんな折、教員の紹介で、ドイツ・ブレーメンの整形靴店&工房「アーセンドルフ・オーソペディ・シューテクニーク」に、1年間研修生として行くことに。「その時僕が知っていた日本の整形靴の世界は、病院に通って、白衣を着て、足型をとって、というもの。でもアーセンドルフは、皆カジュアルなスタイルで、サッカー選手のインソールをつくったり、足に障がいを持つ人に対応したり、普通にスポーツシューズを販売したり、トータルでやっていたんです。そしてお客さまも、スポーツに強いこの店の個性を選んで来ていました。こういうのが自由でいい、かっこいいなと感じたんです」

店内の一角におかれた薪ストーブ。金澤氏の叔父であり、家具職人の金澤知之氏が製作したもので、開店記念にいただいたそう。

やりたいことが漠然と見えてきた頃に、帰国。そこで金澤氏は、靴づくりの「量」が自分には足りていないと、あえて生産数が多いことで知られる神奈川の義肢会社に勤めた。そこで靴型装具づくりを、年間約1000足、2年間ほど手がけたという。「つくる技術、早さ、段取り、そして根性はそこで身につきました」と金澤氏。

また同時に、整形靴も手がけるオーダー靴店に通い、70代の職人の仕事を見せてもらっていた。さらに友人の靴をつくったり、個展を開いたりと、自身の靴づくりも開始。その後結婚し、地元名古屋に戻ってインソールをメインに扱う義肢装具会社に勤めつつ、アトリエを借りて靴づくりを続けていた金澤氏。

「独立志向がずっとありました。どこかで改めて始めたいと、東京や関西も考えましたが、ふと、徳島に行ってみたいと思ったのです」専門学校の同級生だった妻の実家がある徳島にはよく行っていて、金澤氏はそこに住む人たちに好感を持っていた。こういう人たちと過ごすことで、いままでになかったものが得られるのではないか。そして徳島で場所を探す中、神山と出合ったのだった。

「田舎で何をやろうか、という時に、食える食えないじゃなくて、まずやりたいことをやろう、と思ったんです」と金澤氏。そこで、オーダーメイドの靴づくりを始める一方で午前中は近くの温泉ホテルでアルバイトとして働いた。ところが金澤氏の店は町の話題として大きく取り上げられ、当初から多くの人が来店。結局アルバイトは半年で辞めることになった。

徳島・神山に根ざした靴づくり。

現在『リヒト リヒト』では、フルオーダーとパターンオーダーでの靴づくりを展開している。足に問題がある顧客もいるが、単にいい靴が欲しいと来店する人も多い。男女比は半々程度。ほとんどが徳島の在住の方々という。

「この靴は、コックシューズみたいなものをと、同世代の木工職人に依頼されたフルオーダーです。作業時
に木屑がかかるので、スリップオンがいいと。アッパーはホーウィンのクロムエクセル、木型は既存のものを使って、ステッチダウン製法です。使い込むうちに革の地の茶が出て来てかっこよくなると思います」

徳島には他にないから、なんでも出来ると思われてます、と笑う金澤氏。その一方で、靴は道具という考えが根底にあり、人や用途、要望にあわせて調整されるべきだとも。だからこそ製法もハンドソーンウェルテッドから、マッケイ製法、ステッチダウンなどさまざま、デザインやスタイルも多様だ。

同世代の木工職人の依頼による、作業時に履くためのスリップオン。木型は大きな修整がなかったので既存のものを使い、アッパーはクロムエクセル、ステッチダウン製法でソールはラバーを使用している。インソールは最近足を怪我した依頼者を気遣って2種用意している。
パターンオーダーの3種(プレーンダービー、チロリアン、レースアップ)の木型。いずれもすこしずつ変えてある。「顧客とのやりとりの中で求められている形状に、自分自身の感覚を加えて作成しています」と金澤氏。
整形靴用の木型。手前の黄色いソックス状のものは、足に巻いて採型した後の状態。こうした器具を使って木型をつくっていく。

都会で見ても、田舎で見ても良いと感じる靴を目指して。

そして、最近ようやく固まってきたというメンズのパターンオーダーについては、「都会で見ても、田舎でも見ても、いいなと思われるものをつくりたい」と語る金澤氏。「神山にいると、それこそ国務大臣から海外ブランドのスタッフ、農家のおじさんまで、さまざまな人の靴を見ることができます。都会からやってきたのにここでも似合うなという靴もあれば、都会ならいいけど田舎だとちょっと、という靴もある。そこで、どちらもいけるような靴が理想です」それはまた、神山だからこそ導かれた靴なのかもしれない。

パターンオーダーのサンプル、プレーントウダービー。形やスタイルなどかなり検討を重ねたという。このサンプルはハンドソーンウェルテッドの九分仕立てで、アウトソールはミシュラン製ラバーソールを採用。「神山のようなところだと、グリップ力が大事かなと思って」と金澤氏。
レースアップのスタイル。パターンオーダーとしては最初につくったモデルで、「外科開き」という医療靴のディテールがベースになっている。「履きやすい形なので、 一般の人にもぜひ履いてもらいたいと思っています」と金澤氏。
パターンオーダーのサンプル、チロリアンスタイル。ダービーとチロリアンのスタイルは、顧客とのやりとりの中で導かれたという。
取材時に金澤氏が着ていたのは、知り合いの染師に染色してもらった藍染のシャツ。徳島は藍の産地であり、藍染を取り入れたものづくりも盛んだ。

shop imformation
『リヒト リヒト』
住所:徳島県名西郡神山町神領字北213-1
電話:088-636-7920
営業:10:00~17:00 火・水休
HP:https://www.lichtlicht.net
価格:パターンオーダー(短靴)¥52,800~、フルオーダー(短靴・採寸)¥121,000~、フルオーダー(短靴・採型)¥176,000~、ハンドソーンウェルテッドはプラス¥22,000~、レザーソールはプラス¥11,000~、ほか
納期:3ヶ月~。注文時に要相談。

photographs_Satoko Imazu
〇 雑誌『LAST』 issue.20 より


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