150年以上もの歴史を誇る英国の老舗は質実剛健、クラシックな靴作りで知られるが、モードの世界の住人からも愛されている。一代にて有名ブランドを立ち上げた天才デザイナーを虜にした理由とは?
ファッションデザイナー清永浩文氏が愛用するチャーチ「シャノン」
清永浩文氏は日本の伝説的なデザイナーである。1998年に裏原宿にてブランドSOPH.を立ち上げた。初のコレクションはたった20型だったが、ストリートとモード、そしてスポーツテイストを取り入れたデザインで瞬く間に人気ブランドへの階段を駆け登った。ナイキなどのスポーツブランドとのコラボレーションを連発し、ファッションブラン
ドとスポーツメーカーという今では当たり前になった協業の先鞭をつけた。「運がよかっただけです。今のファッション界にはゴール前に20人くらいのディフェンスがいますが、当時はガラ空きだった。そこを狙ってシュートを放っただけ」と謙遜するが、先駆者としてのクリエイションは誰にも真似できないものだった。
その先見の明は、今では時代の寵児となったアーティスト、バンクシーの最も有名な作品『花束を投げる人』を所有していることからも明らかだ。売りに出せば、おそらく数十億円はくだらない名作である。「もともと英国が好きで、イングランド西部の港湾都市ブリストルと、その地が生み出す音楽に惹かれていました。バンクシーもブリストル出身で、一介のストリート・アーティストだった時代に知って、たまたま作品を入手したのです。まさか、こんなにメジャーになるとは思っていませんでした」清永氏はあくまでも偶然だったと笑うが、その審美眼がずば抜けていることは疑う余地がない。そんな彼が「革靴はこれしか履かない」と断言しているのがチャーチなのである。
チャーチは、1873年に創業者トーマス・チャーチによって英国ノーサンプトンで設立された。1890年代には、左右の足に合わせた非対称の靴を作るという「革命」を起こした(当時の靴は左右同じ形だったのだ)。ハーフインチ刻みのサイズ表記を取り入れたのもチャーチが最初だったとされる。文字通り、靴そのものの歴史を作ってきた名門中の名門なのである。その魅力を清永氏に語って頂いた。「80年代に雑誌を通じて名前を知り、ロンドンに行く度にジャーミン・ストリートのショップを訪ねていました。本格的に好きになったのは、99年にプラダに買収されてからです。クラシック一辺倒から脱し、スタッズがついたウイングチップなどストリートテイストなものをリリースし始めた。このモデルは今でも黒と白を所有しています。クラシックとモードという相反する両方の要素を兼ね備えているところがチャーチの魅力でしょう」
シャノンは、チャーチを代表する人気モデルで、発売50周年を迎えるロングセラーだ。#103と呼ばれる丸みを帯びた木型が採用され、グッドイヤーウェルト製法によるどっしりとしたシルエットを特徴としている。アッパーにはチャーチが独自開発した「ポリッシュドバインダーカーフ」と呼ばれる樹脂加工が施されたレザーが使われ、高級感とイージーなメンテナンスを両立させている。羽根部分のハンドステッチがアクセントである。映画『007/慰めの報酬』にてジェームズ・ボンドが着用したことでも知られている。「シャノンはボリューム感のあるシルエットが特に気に入って、ここ10年ばかり愛用しています。特に4〜5年前にダイナイトソールを装備したモデルが発売されてから、私にとって『完璧な靴』となりました。まず履き心地がいい。スニーカーよりラクで疲れないのです。それからソールがラバーなので、雨の日でも気兼ねなく履くことができる。手入れが簡単なのもいい。タオルでちょっと拭いただけでキレイになります。これらは、都市生活におけるリアルクローズを標榜してきたSOPH.の哲学とも通じるものがあります」
シャノンは年に1足ずつのペースで買い求めている。くたびれてきたら、もうひとつ買い足すことの繰り返しだという。今ではどんなオケージョンでも、革靴はシャノン以外履かなくなった。シャノンを使ったコーディネイトについても伺ってみた。「スーツにもTシャツにも合わせることができます。スウェット+ショーツといった格好にスニーカーだと、私の年齢だと少々カジュアルになりすぎる。そこで足元にシャノンを持ってくると、ちょうどいいバランスになるのです。いわば抑え(おさえ)の一足といえます。確かに高価な靴ですが、私にとってはコストパフォーマンスが高い。何しろ、革靴はこれしか買わないのですから(笑)」清永氏はそういって、シャノンをベタ褒めした。チャーチは英国最古の老舗のひとつであり、質実剛健な作風を守り続けているが、最先端の感性を持つクリエイターにも支持されているのだ。クラシックとモード、両者の架け橋となる稀有な存在なのである。
カジュアルとエレガンスの両立 『チャーチ』の新作
SHANNON(シャノン)誕生50周年モデル
チャーチのアイコンであるSHANNONダービーシューズが、今年誕生50周年を迎えた。これを記念して、1974年製の復刻モデルが発表され、俳優ハリー・ローティー主演のキャンペーンも展開されている。
SHANNONダービーシューズは、半世紀にわたりチャーチのラインナップに欠かせないシリーズである。そのすっきりとしたデザイン、上質なレザー、そしてホールカット製法により、ダービー型ブラッチャーの伝統的な基準を作り上げてきた。今回の復刻版では、かつての名ラスト「224」が採用され、現行品に使用されている「103」よりもスマートなシルエットに仕上がっている。
キャンペーンのファッションシューティングは、デヴィッド・ジェームズによるクリエイティブ・ディレクションのもと、フィル・ポインターが撮影を担当し、トム・ギネスがスタイリングを手がけている。撮影は、英国バッキンガムシャーにある18世紀建造の邸宅、ウエスト・ワイクーム・ハウスで行われた。
英国の俳優ハリー・ローティーは、往年の写真家・映像作家であるスノードン卿や俳優・作家であるデヴィッド・ニーヴンからインスピレーションを得て、1960年代の紳士像を演じている。ローティーは、貴族や政治家、芸術家といったさまざまな人物の装いをまとい、SHANNONダービーシューズの持つ万能さを通じて、多様なアイデンティティを表現しているのである。
●LAST issue.26より
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