『フォスター&サン』 老舗靴店が始める、英国を受け継ぐ靴づくり。

ノーザンプトン最新のシューズファクトリーはロンドンの老舗靴店のもの。そこでは、英国にて継承される不変の靴づくりが展開されていた。


 19世紀、いやそれ以前にまで遡る、英国・ノーザンプトンの靴づくり。もっとも彼の地が英国随一の靴産業の集積地となったのは、グッドイヤーウェルテッド製法の靴づくりで各社が近代化・大規模化した19世紀末だろう。今日存続しているノーザンプトンまたはその界隈のシューズメーカーの多くは、ほぼその時代にスタートしている。

 そんな長い歴史を誇るノーザンプトンの靴づくりに、2018年、新たなプレーヤーが仲間入りした。その名は『フォスター&サン』、ロンドン・ジャーミンストリートで180年続く老舗靴店が、この度初めて自社のファクトリーをオープンしたのである。連綿と続く同地の靴づくりに、新たな一章が加えられることになった。さらに、このファクトリー(と運営会社)には日本の商社、双日が出資していることも、現地では大きな話題になったという。

 ビスポーク・シューメイカーとして日本でもよく知られた存在である『フォスター&サン』だが、これまでもエドワード グリーンやジョセフ・チーニーといったノーザンプトン(とその周辺)のシューズメーカーに依頼する形で、既製靴づくりを行なってきた。だが他社に依頼する靴づくりゆえに、木型やデザインなどに各社の傾向が反映されたものが多く、必ずしもそれは同靴店として満足できるものではなかったようだ。かねてよりいずれ自社工場を設立し、『フォスター&サン』の既製靴をつくりたいという意志はあったようで、それがこの度、双日という共同出資者を得て、実現したのだった。

ハンドクリッキングの様子。伊ゾンタ社のブラックカーフは滑らかな表面が印象的。

ベテランたちによる高度なマルチタスク

 ノーザンプトンの街中、クルマの整備会社が入居するような工業団地風の建物の中に、『フォスター&サン』のファクトリーはあった。もっとも、取材時にそこで勤務しているワーカーは9名ほどだったので、ファクトリーというより、工房といったほうが適切かもしれない。外観に反して、建物の広さはあり、余裕ある空間で靴づくりが行われていた。

『フォスター&サン』の靴づくりは、同地の伝統を受け継ぐグッドイヤーウェルテッド製法。さらに、ビスポーク由来の高級靴を志向している。果たしてその現場は、実にオーセンティックな、英国らしい靴づくりが行われていた。

 取材班がまず通されたのは、中二階になっているフロア。ここにはアッパーに使う革のクリッキング(切り抜き)や、漉きなどの下準備、さらに縫製の工程がある。ちなみに『フォスター&サン』の靴づくりは、このファクトリー内で完結していて、外部委託はないという。

 クリッキングのセクションではちょうどハンドクリッキングで革を切っているところだった。プラスティックのパターンを使って、熟練の手つきで適切な場所を素早く切り抜いていく。聞けば、このファクトリーのワーカーのほとんどは、他のノーザンプトンのシューズメーカーで長い間靴づくりの経験を積んだベテランという。まだ生産数がそれほど多くないこともあり、抜き型やレーザーカッターのような機器はない。それが逆にクラフツマンシップを際立たせることになっていた。

 ちなみに使用している革の多くはイタリア・ゾンタ社のもの。なめらかな表面を持つカーフ、銀つきのスエードなど、一見してその品質の高さが窺えた。

英国の風土から導かれたディテールの、新しい空間。

 クリッキングのセクションの隣では、まだ若いワーカーがハンドステッチを行なっていた。こうした高度な技術を要する工程がこの規模で用意されていることに、同社のものづくりへの高い意識が感じられる。

 その隣はアッパーのクロージング関連のセクション。ミシンや漉き機を扱っているのは2人の女性だけだったが、その技術には驚かされた。ブローキングの穴はひとつひとつ機械を使って空けていくが、ベテランの女性ワーカーは、ガイドの線などないところをいとも簡単に、等間隔で空けていく。またキャップトウのステッチなどは、キャプ部の2本のステッチを、感覚を大きく開けず、ピッチを少しずらして素早く縫っていく。彼女はかつて他メーカーでクロージングセクションの責任者として、若いワーカーを教える立場だったそうで、クロージングに関してならできないこと、わからないことはないと断言していた。こうしたベテランならではの高度な仕事への理解は、クロージングに限らず階下のメイキングのセクションのワーカーたちも同様だった。

 さらに、このファクトリーのワーカーの間では、ハンドワークという言葉に関して、そこに「甘え」を見てとる向きがあるという。手仕事かどうかは問題ではなく、その仕事が正確かどうかが重要なのだと。
「他のファクトリーと同じマシン、同じテクニックを使っていますが、ここのスタッフにはコンスタンシー(恒久性、不変)があると思います」

 このように語ったのは、生産現場の責任者であるダン・マーリー氏。かくして生み出される靴は、決して派手ではないが、既に強い信頼感を帯びている。

『フォスター&サン』のビスポークの中でもアイコニックなモデルのひとつ、かかとにプロテクションがあるチャッカブーツ。

FOSTER&SON
https://foster.co.uk


photographs_Satoko Imazu
text_Yukihiro Sugawara
◯「LAST」issue18 /『Leather Shoes and Sustainability 老舗靴店が始める、 英国を受け継ぐ靴づくり。』より抜粋。

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