浅草、靴づくりは続く。【フォルメ】

浅草で、続けられる靴づくりを目指すということ。

厳しいといわれる日本の製靴産業において、浅草の職人による靴を標榜するブランドがある。レトロではなく、現代を見据えたその靴づくりは職人仕事をどう持続させ得るのか、という点において示唆に飛んでいる。

『フォルメ』のアトリエに並んでいたサンプルの靴。ブランドスタート時はクラフト的な特徴を備えた靴が多かったが、現在はよりオーセンティックなスタイルのものが多い。

 近年よくその名を耳にする奥浅草をさらに東へと移動すると、皮革や靴関連の企業の看板や名前が目に入ってくる。このあたりは昔から製靴産業の集積地だった、ということは以前から言及してきた。それらは靴づくりの各工程に分業されていて、例えばアッパーをつくる製甲所や、革の「漉き」加工を行う革漉業、底づけを行う職人などが、いずれも小規模で点在している。

 そんなエリアの東端に、シューズブランド『Forme(フォルメ)』のアトリエはある。取材班が訪れた際、室内には仕上げ途中の靴やいくつかの木型とともに、サンプルの靴がいくつか並んでいた。ふと、棚に並んだ白い布製の靴に目が止まった。

「これはインドのファブリックで、野蚕のシルクです。通常の養蚕のシルクよりも糸が粗く、漂白していないので色も年によって違います。年に1回ほど、この生地をつかった靴を展開しています」

『フォルメ』の代表である小島明洋氏が解説してくれた。現在『フォルメ』はショップ等への卸売が中心。年2回の展示会で受注し、生産を行なっている。展開はメンズとウィメンズ。オーセンティックなメンズシューズのスタイルを軸としつつも、シルエット、素材や仕上げ、ディテールに、独自の美意識が感じられる。

「ブランドをスタートして10年になりますが、最初の頃はヴィンテージの靴をベースとしたモデルを出していたこともありました。ただ、つくっているうちに虚しさを感じてしまって。ヴィンテージの靴の木型、そのパターンは、当時の人に向けてつくられているものであって、それを何十年も後の自分が受け継いだとしてもどうなのかなと。現代だからできることも多くあると私は思っています。デザインは一見クラシックに映るかもしれませんが、そうでもなくて、素材の選び方など、現代を見据えたものづくりにしているつもりです」

 さらにその靴づくりについて、小島氏は次のように語った。

「この浅草の、いわゆる手製の職人さんの技術は凄い、と思っています。品質が高く、つくれないものはない。当初は自分がつくりたかったものを形にするため彼らにお願いしたわけですが、今はその職人さんたちに継続して靴づくりをしてもらい、つくられた靴を広く紹介する、それも自分の仕事だと思っています」

 小島氏は浅草にあった靴づくりの専門学校、エスペランサ靴学院の出身。周囲に靴職人が多い環境下で、小島氏は早々に靴職人への道を諦めたと語る。

「ハンドソーンウェルテッドなど、ひと通りできますが、作業速度が遅いのです。それは職人として致命的です。早々に見切りをつけて、別の道に進みました」

 在学中からアパレルブランドのOEMの企画を手がけたり、婦人靴の木型メーカーでアルバイトするなど、ものづくりに関わった。折しも製靴産業の斜陽化著しい時期。「自分でやってみて、上手くいかなくて辞めるほうが諦めがつく」と、卒業して1年で『フォルメ』を立ち上げた。

 シューズブランドとしてのさまざまな業務の中で、そのブランド名を地で行くように、いまもベースラストは小島氏が削っているという。

「木型職人に依頼して削ってもらうのが普通かもしれませんが、自分で削ったほうが自分の思った形やフィッティングになると思っています」

 学校や木型メーカーでの経験を起点に、先人たちに教えを請い、自分自身でトライ&エラーを繰り返して木型を削ってきた。これまで手がけた木型は制作中のものを含めて十数型。最近ボディの形状は落ち着いてきた、と小島氏は語る。

年に一回つくっているという、野蚕のシルクを使った靴。凹凸感ある表面の表情が魅力的。
2020年秋冬展開モデルの「Lim Balmoral」。アッパーにはイタリアのカーフに墨田の老舗がエンボス加工した特別な革を使用。
製作中の新ラスト。小島氏の木型のボディを元に、先般会社を閉じた福井靴木型製作所の福井利三社長がローファー専用ラストとして手を加えた。
小島明洋氏。浅草でつくる靴を追求して、10年になった。
このようにラストにテープを貼って、その上にラインを描いて、その後テープを外して各部のパターンを起こしていく。

靴づくりへの姿勢を共有するということ。

 そんな木型にこだわった『フォルメ』の靴づくりにおいて、重要なのは木型の形状をいかに靴に再現できるかということだ。その工程、つり込みをブランドスタート当初から担ってきたのが、矢藤達郎氏が率いる靴工房「YATOH(ヤトウ)」だ。そこで、『フォルメ』のアトリエから自転車で5分程度の矢藤氏の工房に案内してもらった。矢藤氏はJ.S.T.F.の橋本公宏氏のもとで修業し独立。つり込みや底づけといったボトムメイキングを専門に行う工房を営んで9年目となる。訪問時は『フォルメ』の、米ホーウィン社の馬革を使った靴の作業が行なわれていた。別の工房で縫製されたアッパーと他の部材そして木型を矢藤氏の工房に持ち込み、つり込み作業の後、別の工房でマッケイ縫いし、再び矢藤氏のもとで底づけ作業へ移行する。

「アッパーの素材は繊細だし、木型の形状は一筋縄ではつり込めない。職人としては常に試されるところがあります」と矢藤氏。その一方で、ここまで手作業の工程を盛り込む靴は昨今少ないとも。その言葉には、小島氏と相通じる靴づくりへの価値観が見て取れた。そして、浅草での靴づくりの真価とは、こうしたクラフツマンシップの共有なのかもしれない、そんな風にも感じられた。

木型に仮留めしたアッパー。使っている革はホーウィン社の銀面を擦っていない馬革。通常は逆側を使うところを、野趣ある表情がいいと表側を使っている。
ヒールカウンター(月型芯)は革を貼り合わせた厚さ3ミリの部材を使っている。それを矢藤氏のところで手作業で漉き、アッパーに入れてつり込む。
つり込み終えて、ソールに仮置きした靴。つり込んで馬革の表情がよく表れている。
手作業でコテがけしている様子。『フォルメ』の靴はこうした職人による手仕事が多く盛り込まれている。
つり込まれた状態とアッパーと、ボトム関連の部材。床革を使ったシャンクは、スチールシャンクと併用して使われる。
ワニ(ピンサー)で皮を引き、木型の形状に添わせて、釘を打ってつり込んでいく。無数の釘が丁寧な作業を物語る。
矢藤氏達郎氏。その技術には定評があり、さまざまな靴を手がけている。出し縫いはしないが、ハンドソーンウェルテッドはすることもあるという。
「YATOH」の仕事現場。低いベンチに日本の職人らしさがある。

forme フォルメ
2009年に小島明洋氏がスタートしたメンズ&ウィメンズのシューズブランド。決して奇を衒わないながらも、オーセンティックなスタイルに独自の解釈を盛り込んだ靴を展開している。
http://www.formeofficial.com/


photographs_Kazuhiro Shiraishi
text_Yukihiro Sugawara
『LAST』 issue.18 「 浅草靴づくりは続く ①forme 」より抜粋。

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