浅草、靴づくりは続く。【ハン】

職人が手がけたい、スタンダードな靴とは。

浅草にて手製の靴づくりを行う職人が手がける、グッドイヤーウェルテッドの靴。そのオーセンティックな佇まいには日本の靴に対する強い思いが込められていた。

記事2枚目の写真の木型に巻かれた紙型(茶紙)をもとにつくられたダービーフルブローグ。
ウィングキャップにはクラシックなパーフォレーションが配されている。

 台東区今戸2丁目、こちらも、隅田川からほど近い、浅草の靴産業エリアの東側。前出の『フォルメ』からは数十メートルのところだろうか。では相互に連関があるかといわれれば、必ずしもそうではない。また、この『HAN』の仕事場の上には、ビスポークシューメイカー『TYE Shoemaker』のアトリエがある。大野氏や島村氏と、『HAN』のハン氏とは顔なじみだが(もともとハン氏を紹介してくれたのは、大野氏だった)、それだけのようでもある。これだけお互いが距離的に近いにもかかわらず、それぞれが独立し、干渉しない。浅草にはそういうところがある。もしかしたらそれは日本的、ということなのかもしれない。

『HAN』は今年はじめに登場した、グッドイヤーウェルテッド製法を中心としたシューズブランド。現在はMTO(メイド・トゥ・オーダー)で、商品を展開している。ブランドをディレクションするのはハン氏。ハン氏はOEMでハンドソーンウェルテッドなども手がける、手製の靴職人である。手製職人によるグッドイヤーの靴、雑な言い方をあえてするならば、そういうことになるだろうか。しかしそこに、『HAN』の特徴、スタンスがよく表れている。

「英国では『ジョンロブ』だったり、『ガジアーノ&ガーリング』だったり、もともとは手製でつくられていた靴の、グッドイヤーウェルテッド製法による高級靴がいくつかあります。でも、日本に同様のプレステージ感の靴はない。少なくとも、自分が満足できるグッドイヤーウェルテッド製法の靴は日本にはなかった。だからそこにチャレンジをして、世の中に問うて見たらどんな反応があるか、やってみたかったのです」

 ハン氏はこのように、今回の『HAN』を始めた理由を話す。だからこそ、提案するスタイルは極めてオーセンティック、英国由来のクラシックなドレスシューズのスタイルである。ただ、彼にとってはあえてクラシックを志向したわけではなく、「リーバイスのカットオフデニムにオックスフォード」という彼自身の普段着と地続きだとも。もっともベーシックなデザインを選んだのは意図的で、それは「同じデザインの靴と並んだ際に、うちの靴に何か光るものを感じ取ってもらえるはず」と考えたからという。これは、彼がビスポークシューズも含めたメイキングを担当する職人でもあることを鑑みると、わかる気がする。つくりには、強い自信があるのだ。

木型に巻かれた紙型。これを展開してパターンをつくる。ラストは日本のラストメーカーに依頼し制作されたものを、ハン氏が微調整した。
仕事場の様子。ハン氏の向かい側は、『HAN』の製作を担当する平野順也氏。
偶然手にいれたラスティングマシン。『HAN』ではこの機械を使う。古い機械は熟練が必要でもある。
縫製されたアッパー。これをハン氏のところでつり込み、その後すくい縫いの職人のところに持ち込んで縫った後、本底の作業をして、今度は出し縫い職人のところで縫ってもらう。
ハンドソーンウェルテッドの作業を行うハン氏。

手製職人だからこそ機械を使う。

 韓国で生まれ育ったハン氏は、2008年に文化服装学院のシューズデザイン科に入学する。当初はウィメンズシューズのデザイナーを志望していたが、授業で見た、手製の職人がつり込みをする様子にかっこよさを感じ、靴職人を志す。雑誌で関信義氏のことを知り、弟子入りを志願するが、ある程度つくれるようになってからじゃないと難しいと言われ、関氏の著書を見ながら独学でノルウィージャンウェルテッドの靴を2足縫い上げた。それを手に関氏のところを再訪し、通うことを許されたという。その後浅草のシューズメーカーに就職。3年ほど勤務してその会社を辞める際には、独立は考えていなかった。しかし、不況の靴業界では、社員として勤務することは難しかった。仕方なく独立し、職人として他社の仕事を請け負うように。ほどなくあるビスポークシューメイカーから、ボトムメイキングの依頼を受ける。月に20足できますか、という依頼に、23足いけますと答え、実際には25足を縫った。その関係は現在も続いている。

 独立して丸3年を経て、手製の職人として比較的順調な今だからこそ、次のアクションを起こしたかった。それが『HAN』だった。グッドイヤーウェルテッドの靴づくりはもともと興味があり、前述のような英国の高級既製靴に対抗し得るものをつくりたいという気概もあった。だが、彼をオリジナルのブランドづくりに駆り立てたのは、請負仕事が持つ根本的な脆弱さと、それでも「手製」がもてはやされることへの違和感だった。「現状靴づくりに携わる人が減っていて、若い人もさほど入ってこないというのに、なぜそこまで手にこだわる必要があるのでしょうか。機械を使う利点も数多くありますし、僕は靴づくりを長く続けようと思ったら、ある程度機械に頼ってもいいのではないか、そう思うのです」

 現在ハン氏の工房には、トウラスターなどの機械があり、『HAN』の靴づくりに使われている。すくい縫いや出し縫いは外注だが、いずれはそれらも自分のところでできるようにしたいと語る。ただ、その一方でボディ部分のつり込みや、コテやウィールがけなどは手作業。結局それは折衷では……そう思った矢先、「英国で出来るのに、なぜ日本では出来ないのか」というハン氏の言葉が、強く思い起こされた。それはあたかも、こちらの狭隘さがたしなめられているようにも思えた。

アッパーとライニングの間に入れたサイドライニングは、アッパーと同じ革(ワインハイマー)を漉いて使っている。
すくい縫いの職人からはこのような形で戻ってくる。ここからハン氏のもとでコルクやシャンクなどを入れる。
グラインダーでコバなどを削っている平野氏。機械でつくるメリットもある、とハン氏が語る。
コテなどは手作業でかける。仕上がりがまったく違うという。
ヒールカウンター用の床革を漉いているところ。肉厚のパーツを選んでいる。
現状展開しているモデル。この夏にはローファーも計画しているとのこと。
ウッド製のシューツリーとシューバッグは付属。
シンプルなキャップトウオックスフォードだからこそ、細部の丁寧な仕事が際立ってくるはず、とハン氏。
サイズゲージの靴。これを履いてフィッティングを確認する。現状は木型の調整等は行なっていない。
ハン氏が関信義氏のところを卒業する時につくったフルブローグ。

HAN shoemaker ハン シューメーカー
2020年よりMTOで展開。サイズゲージの靴を履いてオーダーする。アッパーはアノネイやワインハイマー等複数から選ぶことが出来る。ラバーソールはなし(ハーフラバーで対応)。¥135,000〜(ツリー込)、納期約2ヶ月。
https://www.instagram.com/han.shoemaker/?hl=ja


photographs_Hirotaka Hashimoto
text_Yukihiro Sugawara
『LAST』issue.18 「 浅草靴づくりは続く ②HAN 」より抜粋。

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