Edward Green ドレスシューズのつくられ方。

エドワード グリーンのファクトリーにて。職人がハンドソーンで靴のアッパーを縫う様子。ドレスシューズのための重要なプロセスである。

英国既製紳士靴の雄としてその名が知られるシューズメーカー「エドワード グリーン」。その靴づくりは、同地の伝統的な靴づくりを継承しながらさまざまな「進歩」が、随所に盛り込まれていた。


ファクトリーの壁面にさりげなく立てかけられていた靴箱のフタ。そこには「私たちはただ自分たちがつくり得る最高の靴をつくりたいだけ」と書かれていた。

英国既製靴の聖地、その最高峰のファクトリーへ。

 英国ノーザンプトン、そしてその周辺地域には、紳士靴を手がけるメーカーが数多く点在している。19世紀創業のメーカーも少なくなく、同地域ではふたつの世紀を通じて、連綿と靴づくりが行われてきた。ほぼ全てのメーカーがグッドイヤーウェルテッド製法を採用し、その集積が「英国製の既製靴」というブランドをつくりあげているともいえる。

 そうした彼の地のシューズメーカーにおける最高峰のひとつとして、その名が挙がるのが、『エドワード グリーン』だ。同名の靴職人が興したシューズメーカーは、1980年代にジョン・フルスティック氏により再建され、瞬く間に英国高級既製靴を代表する存在となった。フルスティック氏の急逝により経営を引き継いだヒラリー・フリーマン氏は、同社をさらに発展させ、世界的な存在へと押し上げた。

 そんなエドワード グリーンのファクトリー、そしてそこで展開する靴づくりを見ることは、英国既製靴、ひいては現代における高級靴づくりの実態を理解することに他ならない。最高品質の紳士靴がどのような意図や哲学、価値観を背景として、どのようなプロセスを経て生み出されるのか、その実際を探って行く。

ヒラリー・フリーマン氏の仕事部屋の壁面には、エドワード グリーン中興の祖であるジョン・フルスティック氏の写真が架けられている。

 取材班が案内されたのは白亜の建築物。ここには10年ほど前に移転したという。それ以前には、まさにノーザンプトンらしい古いレンガづくりの建物にエドワード グリーンのファクトリーはあり、各部屋に各工程が分かれている長屋のような感じだった。それがこのファクトリーでは、すべての工程は平屋の広い建物の中に配されて、各工程間の移動はスムーズになっている。

「ここを訪れる人の中には、古いファクトリーとの違いに戸惑い、(エドワード グリーンにまつわる)ロマンティックな幻想が消えたという人もいました。でも、そんな時はこう答えるんです。ロマンスなんてどうでもいい、今この時も、ここでは生きた人間たちが働いています。彼らは陽射しと、いい空気、空間を求めています。それに応えるためのこのファクトリーなんです、と」

 エドワード グリーンの現社長、ヒラリー・フリーマン氏はこのように語った。さらに彼女は、空間は変わっても靴づくりのやり方はオリジナルから何ら変わっていないと、付け加えた。

ヒラリー・フリーマン氏。彼女の後ろの写真は在りし日のエドワード・グリーン氏の姿という。

過去そして時間への独自のこだわり。

 昨年、エドワード グリーンが発表した「デューク」という新型のローファーがある。かのウィンザー公(デューク・オブ・ウィンザー)の装いから着想されたというその靴は、ごくクラシックな佇まいだからこそ、新鮮な印象を生み出していた。

「エドワード グリーンはレヴォリューション(革命)ではなく、エヴォリューション(進歩)を志向すると、これまで私たちはことあるごとに言ってきました。それはどういうことかというと、過去の何かを注意深く見、それを考慮して、発展させるということなのです」

 このフリーマン氏の言葉は、まさしくエドワード グリーンの靴づくりの姿勢を物語っている。彼らにとっては新しさ以上に、過去を参照して何かを見いだし、それを現代に通じるようリフレッシュして提示することが重要なのだ。

ファクトリー内、主に底づけなどのメイキングの工程のあるエリア。広い空間に導線を保ちながら機械が配置されている。

 さらに、同社の靴づくりは、現場との協力、関与する人同士の繋がりにより、推し進められているともいう。先のデュークのようなスタイルのアイデアも、ファクトリーの異なる工程のメンバーとの打ち合わせを経て固まっていった。こうした「デヴェロップ・ミーティング」は社内だけではなく、工作機械のメーカーや、ラストメーカーなどとも行われ、問題点や解決の糸口などが常に模索されているという。

「私たちは時間をかけて、そこを改善していくのです」とフリーマン氏。過去へのアプローチも含め、時間をめぐるこうした独特なスタンスは、エドワード グリーンという個性を形づくっているようにも感じられる。

 果たして、靴づくりの現場においては、独特の時間感覚はまた、ワーカーたちの丁寧なハンドワークという形で表れているように見受けられた。アッパーのダブルのステッチは、熟練したワーカーが、1本ずつ、ガイドなしで縫っていく。また、アッパーの縫製工程の前には、少なくとも3つ程度の「準備の工程」があるという。そして、つり込みなど工程の要所要所では、1日または数日、靴をそのまま放置しておくことがある。

「時間が行う作業も、あるんです」

 プロダクトマネジャーのダン・マレー氏はそう説明する。ファクトリー内を巡るツアーの中で、マレー氏の言葉が最も熱を帯びたのが、底を縫う出し縫いミシンの前だった。非常にゆっくりとしたピッチで本底を縫って行く様子に目を奪われていると、彼はその機械について解説を始めた。

「これは70年代ごろの機械です。ブリティッシュユナイテッド(シューマシナリー)の最終世代のものです。これは最高ですね。縫いのピッチがすばらしい。今やノーザンプトンにおいても、このミシンを使っているところはそう多くないでしょう」

アッパーのクロージングはこのように2人一組で作業が行われている。右側の女性が準備作業を行い、左側の女性はそれを縫製する。各スタイル8ペア単位で作業が進められる。

 もっとも全てにおいて古式ゆかしい、時間をかけたプロダクションで靴づくりが行われているのかというと、決してそうではない。例えば手作業で革を切り出すハンドクリッキングのセクションでは、自社で導入したレーザーカッターでつくられた透明のプラスティック製の型で、アッパーに使う革のパーツを切って行く。また、アッパーのクロージングセクションにあったパーフォレーションの穴を開けるマシンは新しいものだった。以前の古いマシンは音も大きく、使いづらかったと現場の責任者は歓迎する。

 古くから継承されてきた靴づくりのやり方を守ることと、その作業をより快適に、スムーズに行うための新しいマシンや知恵。ややもすると相反するようなモノや考え方が、ここではうまく共存しているのが興味深い。そして、そのバランス感は同社の人気モデル「ドーバー」などにあしらわれている、ハンドソーンのステッチの工程においても感じられた。

「ハンドソーンの糸は、コットンでも麻でもなく、ポリエステルとコットンの混紡のものを選んでいます。コットンのみだと、もろく劣化しやすくて、濡れたらすぐに切れてしまいます」

 このように語るのは、同社勤続20年、16年間ハンドソーンの工程を担当しているアンディ・ピーチ氏だ。彼はまた、縫う際のブリストル(針)には天然成分のビーズワックスを使うが、撚った糸のほうには化学系の機械用ワックスをつけるのだという。マシンワックスのほうが粘り気があって効果的だとも。まさに古い技術、仕様を現代の要請に適合させるためにピーチ氏が行き着いた、いわば折衷ともいえるやり方だろう。

 ファクトリーで繰り広げられる一連の靴づくりの工程をここまで見てきて、古くから継承されている技術や製法と、そこに加えられた現代的な要素や工夫が共存していることを知り、改めて前述のフリーマン氏の言葉が思い起こされた。そう、これこそが進歩の実際なのだ。エドワード グリーンは古きを温ねて現代人の生活のための靴をつくるシューズメーカーとして、今このときも間断なく先へと進んでいる。そしてそのありようは、ノーザンプトンの靴産業、製靴文化の系譜における、最新の形態でもあるのだ。

ハンドソーンの職人のアンディ・ピーチ氏。手縫いの作業はこのように膝の上で行われる。現在、初めて自身のためのドーバーを手がけていると語る。

次ページでは、エドワード グリーンの靴づくりの工程をじっくり紹介。

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