履いた瞬間から
生き返るような靴を目指して。
ひとり、顧客に向きあう
ビスポークの流儀。
こうした来歴からは、塩田氏の靴づくりは、現代のパリの靴づくりを反映しているといえそうだ。
「でも、マサロでもコルテでも、手とり足とり教えてもらったことはありません。頼まれた仕事をやってみてその結果を見て自分なりに理解したり、あとは他の職人の仕事を見て盗んだり」
まるで料理人の修業だが、それもまたフランスならではなのかもしれない。その一方で、昔の靴を見てインスピレーションを得て、自分で実際につくってみる、そういった経験も大きかったと塩田氏。もっとも現在の自身の靴づくりに関しては、彼は次のように語る。
「靴のつくりについては毎回良くしていこうとは思いますが、新しく何かができるといったことはもうないですし、お手本にするものも特にはありません。それより、それぞれのお客様の要望に応えられて、より満足していただくことが重要。お客様のシルエットとバランスがとれて、『きまった』といえるものを探すこと。お客様が履いた瞬間に生き生きしてくるような靴をつくりたいですね」
さらに塩田氏は、「オーベルシーに来た時、ひとりになりたかった」と語る。他の靴職人と関わらず、彼らがつくる靴を見ることもなく、ただ顧客と向き合い、最善を目指す。そのことの大切さを、塩田氏はまた別のエピソードで説明してくれた。
「ビスポークたるものこうでなくては、と昔思っていたことが、実はそうでなかったということがあります。例えばモンクストラップの靴をつくる際に、ビスポークである以上ストラップにゴムをつけるべきではない、といったこと。着用する際にはストラップを引くわけで、ある程度遊びは必要です。着用しやすさも含めてのビスポークなはずで、お客様がいいならば、それ(ゴムをつけること)はありなんです。その点からも、あまり余計な情報は入れないほうがいい」
もっとも、オーベルシーのスタッフが好きなチゼルトウは取り入れていますが、と笑う塩田氏。そのスタンスは臨機応変という表現が合いそうだ。そして取材終盤、塩田氏の次のような話が印象に残った。
「エコフレンドリーなものはつくってみたいですね。靴づくりに使う接着剤などももっとエコなものにして、糸もケミカルなものではなくて天然素材とか。さらにフェアトレードの材料にするとか。エコフレンドリーな製品はもうあるでしょうが、僕たちがつくるなら、もっとアーティザン的なアプローチにしたい。いくらかかるかはわかりませんが」
こうした斬新な発想もまた、ひとり靴づくりに向き合うことから、導かれたのかもしれない。
AUBERCY
オーベルシー
1935年、アンドレ&レネー・オーベルシー氏が創業。現在は3代目のグザヴィエ・オーベルシー氏が靴店を継承している。プレタポルテやメイド・トゥ・オーダー、塩田氏が担当するビスポーク「グラン・ムジュール」を展開。グラン・ムジュールは5,000€〜、納期は6ヶ月〜。
https://www.aubercy.com
photographs_Satoko Imazu
text_Yukihiro Sugawara
◯「LAST」issue15 /『現在進行形のヘリテージをめぐって3』より抜粋。